模型と「著作権」
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この文章は2008年に「ロージナ茶会誌」への寄稿を目的として書かれたものである。2017年現在において私(ex_hmmt)の見解は(特に法的な解釈などにおいて)異なる部分もあるが、あえて修正せずにここに再公開しておく。
再公開の理由は、下記のブログ「超音速備忘録」の記事と、バンダイのパーフェクトグレード・ミレニアムファルコンのインパクトがこの文章の事を思い出させてくれたからである。
ブログの著者からぱた氏とバンダイ、そしてミレニアムファルコンの撮影用プロップを作った人たち、そのプロップに使われた模型のパーツを作った人たちに感謝をこめて。
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「超音速備忘録」
「模型で作った模型の模型」、バンダイのミレニアムファルコンが持つ"パーフェクト"の意味【前編】
http://wivern.exblog.jp/27092610/
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■著作物とは素材である
私は「著作物」とは改変されるものであると考えている。他人の著作物はすなわち素材であり、それは改変され翻案され、そして最後には全く違うものとして完成することもある。これは「元の著作物に対する敬意」とはまた別のものである。元の著作物に対していかなる敬意を払おうと、人はその著作物について改変したいと考える欲求を持ちうると考えている。そして、その改変したものを、また再び他人に提供したい、という欲求を持つことも自然なことであると思う。
そういう考えを持つに至った理由には、私の私的、個人的な「著作物」というものへの接し方の、根本のどこかに「模型」、特にプラモデルという模型のジャンルに一時期傾倒した事があったという経験が一つの要因であると考えている。そこで、この文章では、そう考えるに至った経緯や、模型の著作物性について、素人ながら少し自分の考えを書いていきたい。
■「模型」という著作物の一つの世界
「模型」という著作物の一つの世界がある。現実・非現実を問わず、何らかのモチーフを立体に写し取ったものであり、その幅は広い。帆船模型、鉄道模型、ミリタリーモデル、キャラクターモデル……さまざまなものが存在し、その愛好者は、マニアからライトファンまで、非常に多い。最近は自分で模型を制作しないものでも、安価な完成品が入手できるようになったこともあり、単純なファン数としては増加の一途をたどるのではないだろうか。残念ながら、その反面、自分で手を動かして製作を行うような模型趣味者は徐々に減少を遂げていると考えられる。
模型という趣味の始まりは、恐らくは何らかの工業的な製品を製作する際の、設計検討用に作った小さな雛形からではないだろうか、さらに彫刻などの美術立体作品の影響を受け、これらが混交し、単なる雛形からそれ自体を鑑賞するようなものに発展していったのではないかと思う。確固とした根拠があるわけではないのだが、現在の模型製作の技術というものにはそういった雛形としての「模型」、たとえば建築模型など……からの影響というのは無視することはできないし、単に技術的な側面ではなく、プロポーションやディティールなどを追求するという事を含め、工業分野と、美術分野との中間的部分に位置すると考えて良いと思われる。
それでは、模型というものの著作物的側面について考慮して行きたい。今回は主に(筆者の知識的限界、また当然ながら趣味としての選択の結果として)模型の中でもプラスチックモデル、いわゆる「プラモデル」「プラモ」というものについての著作物性について検討を行う。
■プラスチックモデル~「スケールモデル」と「キャラクターモデル」
まず、プラスチックモデルは、大まかにわけて「スケールモデル」と「キャラクターモデル」という分類をすることができる。
「スケールモデル」とは、実際に存在するもの(車両や航空機、艦船や建物など)を縮小して再現する事が目的の模型である、と言える。実例としては、ミリタリーモデル(戦車など)やカーモデル(軍用以外の一般車両やレーシングカーなど)エアモデル(飛行機模型など)が主である。広義に捉えれば、実在する人物のフィギュアなどもある意味でスケールモデルと考えることができるし、帆船模型や鉄道模型などもスケールモデルの範疇に入ると考えても良いが、ここから主に語る部分については、主にミリタリーモデル、カーモデル、エアモデルについて述べていると考えてもらって構わない。
「キャラクターモデル」とは、実際に存在しないもの、キャラクター(アニメーションやコミックなどのロボットや、登場人物、その他登場するありとあらゆる架空のもの)を、適当なサイズで立体に再現することが目的の模型と言える。そのキャラクター設定上の大きさから逆算して、スケールを設定してあるものもあるが、それらは前述した「スケールモデル」には含まれない。実例としては、いわゆる「ガンプラ(ガンダムのプラモデル)」や、アニメやゲームなどのフィギュアなど、また特撮のプロップの縮小モデルなどが上げられる。
キャラクターモデルの著作物性については特になにも言う必要はないだろう。キャラクターモデルは基本的に、既存の著作物の複製として機能するものであり、複製である以上は著作物であると考えるべきである。また、スケールモデルの完成品が美術の著作物たる資格を持つのは、これもまた論を待たないところであろう。完成された作品は(スケールモデル・キャラクターモデルを問わず)おそらくほとんどが美術の著作物と言える。
■プラモデルの特殊性~製品の未完全性
この項で主に考察を行いたいのは、模型メーカーから出荷された際の、パーツ状態のプラモデルの著作物性である。
まず、スケールモデルについては先に一度簡単に定義を行ったが、もう少しどういうものであるかを説明していきたい。以下はプラモデルを想定している。その他の形態のスケールモデルにも援用できる部分は多いと思うが、全てがそのまま適用できるわけではないことに注意されたい。
スケールモデルの製品としての特徴は、
・(主に)実在する工業製品・建築物等をを縮小して模型化する
・出荷時には完成品ではなく、パーツ状態
・最終的にパーツをユーザが組み上げ、接着し、色を塗って完成することが前提
つまり、スケールモデルとは、(主に)著作物とは言いがたい、工業製品であるところの戦車や車などを、縮小して再現するという性質のものであり、その実現はやはり工業製品として行われ、通常はメーカーが出す製品は、完成品としては扱われない、というものである。
さて、ここで日本における著作物の定義を考えてみよう。我が国の著作権法上著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」という事になる。模型というものは、少なくとも完成品では、多くの場合「美術の著作物」として扱われる事になる。
しかし、それでは、ここでキットという状態において、プラスチックモデル、特にスケールモデルは著作物足る資格があるのであろうか。
スケールモデルというのは、その完成品だけを見ると、実用物を写実的に写し取ったものと言える。他の著作物の分野、たとえば写生、彫刻、写真などが美術の著作物として扱われる事を考えると、実用物を写実的に写し取ったものであっても著作物の要件は満たす。しかし、ここで問題になるのは、そもそもプラスチックという製品は個々の部品だけを見ると、まったく完成していないものであるという事だ。部品を個別単体に見たところで、その部品単体について「思想又は感情を創作的に表現したもの」と主張するのは難しい。基本的に部品単体それ自体は、その部品を構成するために工業的に設計された形状であるといえる。それらを「著作物」として認めることは、著作物である文章を構成する単語一つ、また、ロゴマークを構成するフォント一つを取って「著作物」
として捉えるに等しいと言えるのではないか。となれば、キット単体の「部品」それ自体は、やはり著作物としての要件を満たすことは難しいと言わざるを得ない。
したがって、スケールモデルは、著作物として考えると、製品の流通段階では著作物ではなく、それが完成した状態で著作物となるという、極めて珍しい性質を持つものではないかと考えられる。 しかも、プラスチックモデル自体の完成品の形状は、当然完全に著作物としての要件を満たすものでありながら、製品はその製作者の手が加わえられ、元著作物とは別のものになる。二次的な創作が必ず必要になる。
■「模型」と「改変」
模型には絶対に「改変」が加えられる。そもそも、完全にフルスクラッチしかしない造形師と、何も考えずにパチ組、つまり単にパーツを切り取り、組み合わせる事のみしかしないユーザーを除いて、模型製作者、いわゆる「モデラー」は大なり小なり、呼吸するかのように改造……と言うよりは、「改変」をするのである。単に素組、つまり形状の修正をせず、パーツを組み合わせてから塗るだけ、という人ですら、その「塗る」という行為の中に、改変を行う要素は含まれている。そうでなければ、たとえばキャラクタモデラーであれば、元の画稿・設計意図を完全に再現できる、という事であり、むしろそれはほぼ天才の域に達しているといえる。
そもそも2Dを3Dにトランスレートする、という事からして改変作業であり、しかもその模型は模型であるかぎり、完成品を除いてはキットという形態で提供されるのであるから、その模型は著作物でありながら、ユーザーの手が加わることによって著作物として完成する。著作物の改変は同一性保持権に抵触する行為であるが、そもそも模型、少なくともプラスチックモデルという製品は、積極的に同一性保持権への抵触を許諾することによって成り立つとも言える。
もちろん、模型の場合は、提供者の意図として未完成品を提供しているのであり、製作し完成させることを著作者が意図していることからそれは許諾されていると言える。設計図どおりに完成させる事においては、著作権についてなんら問題は発生しないだろう。が、模型という趣味では、古くからそのキットをベースにして、自らの意図する立体物へトランスレートするための「改変」を行う事が伝統的に行われている。
主に行われる改変としては、パテを盛る、削る、またキットのパーツを切断して間にスペーサーを挟み込み、シルエットそのものを改変するといった事や、そのキットに存在しないディティールを加えるといった作業、またそもそもキット自体を完全に素材化して、目的の著作物ではなく、別の著作物を再現する、というような事まで行われる。当然ながら、元のキットをちょっと改変しただけ、というものから、元のキットの面影もない、といったものまで、モデラーの数だけその改変は行われるといえる。
改変は同一性保持権に抵触する。抵触したものを公表するのでなければ、当然法的責任は問われる事はない。が、模型の場合「展示会」という文化がある。展示会では、当然それらの改変が行われた模型が一同に会する。また、模型雑誌では改変についてのアドバイス(ここを何ミリ削ったらこんなにプロポーションが良くなる、程度のものから、このキットの顔は全然駄目から他のキットからもってこよう、というようなもの、さらには、このパーツは使えないから新造する、というようなレベルのものまで)が行われることになる。
これらの改変が許容される文化というのは、やはりプラモデルという製品が、メーカから提供されている段階では著作物未満のものであり、それらを自由に改変させることが、メーカにとっても重要なものであると認識されてきたからではないだろうか。そもそもプラモデルというものが、特にキャラクターモデルの分野においては、何も改造せずに「パチ組」を行っても満足できるものとなったのはここ10年あまりであり、それまでは品質的に納得できるものでなかったというのも大きな要因であるとは考えられるのではあるが。
いずれにせよ、模型業界というのはある意味、ニコニコ動画などで行われるMADなどに先んじて、改変を行うという事が当然として受け止められていた世界であったと考えられる。改変の受容は、文化として模型を育てる事につながったと言える。
■素材としてのキット~ミキシングビルド
模型の分野では面白いことが時々行われる。その中の一つが「ミキシングビルド」という手法だ。たとえば、ある模型を作るときに、形状的にぴったりであれば、その対象となる模型と全然別の模型のキットからパーツを持って来て、そのパーツを利用する、という事である。これは、模型の世界では当然として捉えられている。
事例を挙げてみよう。ホビージャパンという雑誌に連載された「S.F.3.D.ORIGINAL」という一連の作品がある。「S.F.3.D」では、もともとミクロマンという玩具シリーズのパワードスーツを改造するという企画が発端であった。改造された作品は「A.F.S. Mk.I」として発表されたが、これはベースとなったミクロマンのパワードスーツや、右手のレーザー砲口にタミヤ1/20レーシングチームセット付属の一眼レフカメラ、スターウォーズのキットなど、さまざまなところから形状としてマッチするものを集めてきたものであった。ある意味でコラージュの結果とも言えるし、全体の形状としては、ほぼ完全に新しいものを作り出すことに成功していると言える。
この連載は当時その人気から、日東科学というメーカーによってキット化された。その改造された作品が忠実に模型化された結果、各部の形状はそっくりコピーされ、販売されることになった。ちなみに一時期絶版となっていたが、1994年に(商標の問題からシリーズ名を「マシーネン・クリーガー」と変更されたが)再販が開始され、モデルグラフィックス誌において連載も再開、2008年8月現在もキット販売・連載ともに継続中である。
これと同じような事は大なり小なり各模型誌で行われたし、今でもキット化まではいかないにしても、各模型誌の改造記事で「別のキットのパーツを使おう」というようなことはよく言われる事である。たとえばこれは音楽にたとえるならば、「この曲のこの部分はあまり良くないから、別のこの曲からもってこよう」というようなアドバイスをしているようなものであり、模型の特殊性を表す、なかなかに興味深い事例であると言えるのではないだろうか。
■終わりに
まだ完全にまとまりきっていない部分も多いが、模型の特殊性というものについてここまで解説してきたつもりである。とはいえ、その極一部に触れられたにすぎないと考えている。
実際のところ、筆者はこの模型というものの文化の中で育ってきた。その中で、著作物は素材であると考えるようになったし、また、著作物が素材である事の利点をたくさん見てきた。サンプリング文化や、いわゆるMADなども違和感無く受け入れることが出来るのも、模型という文化で自然と同様のことが行われてきたからだと考えている。
あくまでも個人的な見解であるが、著作物はデッドコピー以外は部品として他の著作物に組み入れられる事を許容するべきではないだろうか。少なくとも、模型という文化においては、著作物の部品化が許容されたとしても、その中でさらに新しいものが生み出されることは既に証明されてきたと考えている。
少なくとも、現行の日本の「著作権法」は、模型という文化にはマッチしない部分があるのではないか。何らかの形で、もう一度見直せる部分を探っていきたい。
なお、この文章での日本の著作権法上の法的解釈などには、素人であるが故の誤りなども多く含まれていると思われるので、できれば何らかの形でツッコミを入れていただければ幸いである。