憧憬する金の星-アフター「月のうらがわ」#月煌
※C×Cシナリオ「憧憬する金の星」のバレあり
※他経過の依頼話題にもちらと触れています
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新年祭を数日前と控えたある夜。
常宿ではない、仮の棲家「凩の糸車亭」にて。
冒険者の宿、階下の喧騒はすでに遠く。
間借りしている部屋にふたり、ひとさしの灯りで本を捲る音がきこえている。
「……それで、」
どうするんだ、とシギの声。
「異界から来たってのが本当なら、どうやって手段を探すんだ」
その渋面から、溜息が吐かれた。
彼が懸念しているのは、とある依頼で連れ帰った少女の処遇についてだ。
先日シスと集まっていたメンバーで受けた依頼――故学者の屋敷の見回りの際、衰弱状態で見つかったのだという。
聞けば、ニナと名乗る少女は、この交易都市リューンの存在しない異世界から飛ばされてきてしまったらしい。
中央大陸地図を見せたところで、知らない場所と断言するのだから恐らくは。
依頼の過程で討伐したモンスター自体も異界からやってきた可能性があるらしい、とはシスの談。
実物は確認できていないが、聞いた限りでは確かに奇妙な特徴ではあった。
「屋敷にはいくつか資料が残されていて」
本から視線はあげず、言葉だけが返されてくる。いつものことだ。
「魔術的な門を通じて、異界への道をひらくこと自体は手段としてあったわけですが」
「そこの本に書いてあるわけか」
「手元のはその一部。どうも、その召喚の核になるものを破壊してしまったようでしてね」
「詰んでるじゃないか!」
「在ったのですよ? 生物の中に、核として。ごく希少であれ、別個体が存在しないとは思えない」
「……俺はその手のことに詳しくないけど。おいそれと探せるほど簡単なものじゃないだろ」
それはたしかに、と話の相手、シスは相槌をうった。
「他の媒体になりそうな魔術核を探すか。核を探すでなくとも、別の方法もありそうなものですけれどね。ほら、“門”も見たことあるでしょう?」
「さすがにあんな戦場ど真ん中ってわけないだろ、セタガヤってやつは……」
「それはそう。聞いたところ闘争ごとは日常に起こりにくい場所のようですね」
再度シギから溜息が漏れる。
「すごい頭に引っかかってることがあるんだよな……モンスターが普通はいないような場所……なんだっけか……」
「独り言なら静かにどうぞ」
「考えてんだよ」
暫し唸り。あ、と合点が言ったように声が上がった。
「異世界といえば、思い出した。日本、あっただろ」
「ああ、たしかに」
「そっちも道端でふっかけられることはなかった。大体スマホで検索してたし、地名まではさすがに覚えてないけどな……」
ふたり……いや、ふたりを含めた冒険者パーティーのノルテカの帆羽は、いちど異界に飛ばされたことがある。
その際に出会った男性とその娘に、かの世界にもリューンは存在しないことを聞いていた。
……同じ世界であるかは定かではないが。
「しかしあれは完全に事故でしょう。道具や核があるわけでもなし、再現性はありませんよ」
「別の世界だか大陸だかが存在することの証拠にはなるだろ。照らし合わせて……手がかりになるかもしれないし、少なくともニナが言ってることが酔言でない保証が出来る」
「ふむ」
裏付ける必要性……普段であればまっさきにシスが言うようなことではある。
僕らが異世界の実存を信じている時点でそもそも異質、しかしこれらの言は、他者から見たら相当な狂人と捉えられかねない。冒険者稼業をしている分にはさほど影響はないだろうが……。
シスは暫し考えたのち、ようやく本から視線をあげた。
「確かに、像の見えない世界に座標は指定できませんからね。……飛鳥と社長から教わったこと、洗い出せますか?」
「勿論。……あとはリケラのギター辺りを見せるとか」
「リーダー今どこでやり過ごしているんでしょうねえ」
「俺たちが帰って来た時にはすでに宿から離れてたみたいだからな。水道管……」
「いやはや。かなしい事故でした」
常宿は経年劣化等がたたって水道管をやってしまっている。そのため、宿に滞在しているメンバーはそれぞれが仮の住居或いは依頼で散り散りになっていた。ある者は馴染みの宿へ、ある者は宿から依頼を受けられない分の足しの為。そしてふたりはこの宿へと暫しの拠点を移していた。
この忙しい時期、親父さんも災難だな、と思う。
「まあ修繕費とかはニイたちが工面してくれるだろうが。この調子では新年祭も揃うか怪しいな」
「リューンにはいるそうですし、そうでなくても祭りが明ければ宿には戻れるでしょう」
「……結局、どうするんだ」
ニナの処遇。本来の話題に戻る。
「帰る手段を探すというのはわかったが。それまで孤児院においとくつもりか」
「こちらが接触しづらくなるのと、個人的には孤児院は嫌いだけれど、」
ニナに選ばせるのがいいでしょうね、と返す。けれど言外に、こちら側へ呼ぼうとしているのは明確だった。
「……子供の面倒が見れるほどうちは裕福じゃないだろ」
「すでにいるじゃないですか、ルカが」
「ひとりとふたりじゃ大違いだ。ある程度は自前で稼げないと……自衛出来ないと。立ち行かなくなるぞ」
「それについては、」
問題ないとおもいます、とシスはシギを見つめた。ゆっくりと瞬き、言葉を返す。
「むしろ、そういう環境においたほうがとも。」
「……わざわざ危険に晒せってか?」
「どのみち、手段が整うまではこの世界で生きる必要がある。自分の出来ることは正しく自認、制御できるようになったほうがいい」
エルストックの流民の子みたいにね、とも添える。
「……。理屈はわかるが、」
「それに、もし孤児院に置いておいて、仮に誰か……人望はいったん横に。引き取られでもしたら? 彼女は自分で道を選ぶこともできなくなる。命は、彼女だけのものではなくなる」
「……」
シギが押し黙るのを見遣り、まあ、とシスは続けた。
「責任はもてません。誰も彼も。そのなかで、彼女は帰りたい、探したい、と言いました。いたい場所は、彼女に選ばせましょう」
冒険者であれば、よそ者のままでいられますから、と。
手をあわせて微笑みを浮かべたシスは、一層渋面になったシギを眺めやる。暫し見つめられ、三度目の溜息が吐かれた。
「……ちゃんと考えてるようで、残酷な話だな」
「もちろん、手段を探すことについては手伝いますよ。いつものことでしょう?」
「あんたのそれはそっちが主目的だろう」
「手段と目的の一致ということでね」
「はあ……」
「何はともあれ、依頼人から書物関連の資料については閲覧許可をいただきましたので。まずはそちらの研究からはじめましょう」
シスはそう言って、手元の本へ視線を戻した。
「必要な材料や資金が発生したら、頼みましたよ」
「俺がそれに付き合わされる道理はないだろ」
「ちゃんとこの前の稼ぎは分けてあげたでしょう」
「今後しばらくの小間使いの報酬が100spと?」
「あなた、少女のことは気掛かりではないですか」
一間。
「かえりつく場所へ。これも人助けだと思って。ね?」
柔らかい声。見れば、窓の外には月がひとつ。静かな街の、煌々たる光。
視線はこちらを向いていないから、表情は見えなかった。
取り合うことを諦め、シギはベッドにもたれこむ。屋敷で拾ったというきんいろの星が、目の前に転がっていた。
思わず手を伸ばして、癖で弄びながら息を吐き出す。
「……暫く報酬の分け前から差し引くからな」
「まあ、いいでしょう」
どうせ勝手に使っているし、は僕の口から言わないでおいたけれど。
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「そういや他の面子はどうだったんだ」
「ケオとニコラのことですか? 中々優秀でしたよ、あなたの見立て通り」
「俺は装備バランスしか見てない」
「剣の技と探索術。でも結局、“同業者”といっしょになりたくなかっただけでは?」
「さすがに連続で仕事する気分じゃなかっただけだ」
「そういうことにしておきましょう。給仕お疲れ様」
「早く寝ろよ。」
「あともう少しだけ」