predawn
ちょうど眠りの浅いタイミングで揺れたんだろう、かすかな地震で目がさめて寝つけなくなってしまった。ふたりで分け合った窓際のベッドの中で、日吉は眠りを妨げられた様子もなく静かに寝息をたてていた。カーテンを少し引くと、月明かりが彼の顔をほのかに白く照らした。
顔の筋肉のどこにも力が入っていない、ゆるみきった平和な顔だった。うすく開かれた唇も、なめらかでなだらかな頬も、そこに落ちる睫毛の影も、彼をふちどる輪郭の全部が繊細で穏やかだ。日中の日吉はたいてい眉間にシワを寄せていたり口をへの字に曲げていたりするから、こんなにあどけない顔はめったに見られない。彼氏の特権だ。
月明かりのせいでよけいに目がさえてしまったのか、いつまでたっても眠気は戻ってこなかった。俺はいったん部屋を出て、水を飲んだり軽く手を洗ったりしてから戻った。部屋に入ると、ベッドの上で布団の塊がもぞもぞとうごめくのが見えた。俺は歩み寄って声をかけた。
「ごめん、日吉。起こしちゃった?」
「……おおとり……」
頭のてっぺんまで布団に隠れた日吉は、不明瞭にくぐもった声で俺を呼んだ。やがて布団の端から白い手がのびてきて、ふらふら不安定に宙を掻いたあと俺の手首をとらえた。
「なに勝手に出ていってるんだよ……」
「えっと……ごめん、さっき地震があって、目がさめちゃって」
「いいから早く入れ」
さみしがりやの子供が親に甘えるみたいに、日吉は俺の手をひっぱった。促されるまま布団に入ると、日吉はすぐ俺にひっついてきた。腕は俺の首に絡みつき、つまさきは俺の脚を絡めとった。俺のことをつなぎとめようとする、必死さすら感じさせる強い力だった。たぶん半分くらいは寝ぼけているんだろうけど。
「暖房がいなくなると寒いんだよ」
「え~。ひとのこと暖房扱いかよ?」
でも日吉のためなら暖房にだってなってあげたいから、日吉があったかくなれるように俺もその体をギュッて抱き返した。日吉はいつもかっこよくてかわいいけど、こうやって抱きしめて自分の腕の中に体温を感じるといつもよりもっとかわいかった。さらさらの髪や裸のままの背中は、ふれているだけで心地よくていやされた。
「日吉、あったかい?」
「……んん……」
「っていうか、こんなかっこで寝るから寒くなるんだよ。服着てから寝たほうがいいよ、って俺ちゃんと言ったのに」
「うるせー……だいたいお前が最後にあんなこと……してきたせい、だろ」
「いや、それ言うなら日吉のほうがよっぽどだったじゃん」
俺は最後にほんのちょっとだけ“しかえし”をしてみたにすぎない。ゆうべは日吉のほうがずっと強引だった。まだ幼さを残す寝顔とはまるで違う、おとなびた男の顔をしていた。熱いまなざしで俺を見て、強気な指遣いで俺のあちこちを撫で、こすり、貫いて、俺の体は過剰な快楽によってほとんどずたずたにされた。度を越した気持ちよさは苦痛と見分けがつかなくなるんだって俺は生まれてはじめて知った。やめてって言ってもやめてくれなかったし、正気だったら絶対に口に出せないようなことも言わされたし、俺の体の深いところにはまだ甘い痛みが残っているし。そのくせ俺が反撃に出たら日吉はあっというまにふにゃふにゃになってしまって、とびきり色っぽくてとびきりかわいい声をたくさん聴かせてくれた。日吉のあんなに弱々しい声、学校や部活のみんなは聞いたことがないだろう。それこそ彼氏の特権だった。
声はどんどん甘くなり、どんどんとろけていった。顔や耳は真っ赤になって、腰は悩ましげに泳いでいて、お尻の下ではシーツがぐちゃぐちゃになっていた。日吉は俺の手と唇と舌の働きによって痙攣し、やがて俺の口の中で射精した。最高に幸せな気分だった。
ぬるぬるした温かい液体が口の中に溜まった。いつもより量が多かった。そして俺がそれをゆっくりゆっくり飲み下し、性器や下腹や陰毛にこぼれた精液をなめてきれいにしているうちに、日吉は気を失うみたいに眠りに落ちてしまったのだ。亀頭のさきっぽや乳首にキスをすると体はびくびく跳ねたけど、意識はもう残っていないようだった。せめてもの防寒にと思って冬用の布団を重ね掛けしてあげたものの、やっぱり裸のままじゃ寒かったみたいだ。
「このまま寝たら、朝起きたときにまた寒くなっちゃうよ。ちゃんと着替えてから寝よう?」
「んー……」
「ね? 俺、着せてあげるからさ」
「……ん……」
「もー……さてはすでに半分寝てるな?」
「……」
結局日吉は服を着ず、俺にしがみついたまま寝てしまった。朝になったら今のやりとりもおぼえていないかもしれない。
しょうがないなぁと心の中でため息をついて、俺は日吉に自分の体温を分けることに専念することにした。できるだけ体をぴったりくっつけて、痛くならない範囲で強く抱いた。目を閉じると脳裏には毎日みんなの先頭に立って部を率いている“日吉部長”のりりしい姿が見え、まぶたを開ければそのひとの優しい寝顔が見えた。その両方がいとしくて何度も目を開けたり閉じたり開けたり閉じたりしているうちに、部屋の中にはいつのまにか夜明け前の弱い光が漂い始めていた。
[23.12.08]