【1986年9月】
これは第一一回湯布院映画祭の「湯布院映画祭通信」からの抜粋である。原文ではさまざまなゲストを交えて全体が一二ページにわたる小冊子となっているが、今回はこの本の性格を考え、湯布院映画祭事務局の好意により、松田優作中心の会話に再構成したことをお断りしておく。なお撮影の仙元誠三氏は文脈上どうしても必要なために入れてある。
———ただいまご覧になった『ア・ホーマンス」のシンポジウムをおこないます。まず、松田優作さん、今回、監督をやられて、当然「役者・松田優作」よりも「監督・松田優作」の比重のほうが重かったのではないか。そのヘんのところをお聞きしたいのですけと。
松田 役者の場合は、ぼくなりの方法論でいつもやるんです。集中だけを研ぎすまし、いろんな生活がほとんど壞れてバランスが非常に悪くなってくる状態で入っていく。けれども今回、監督の場合は、いちばん大事なものはバランスで、一個ずつに対して思い入れとか集中をしていくと同時に全体を見なければならない。つまり拡散して全体を見ていくという作業のくり返しが初めての経験だったもので、自分としても大変だったんです。とりあえず役がレプリカントですから、自分をデクノボーにして人間まわりを石橋凌演ずる山崎道夫に集中させまして、なんとかごまかしたと思います。
———監督にうかがいますけども、新しい才能を見つけ出して持っていくプロデューサーとしての力量もうかがえる感じがしました。
松田 ぼくらの映画は、プロデューサーとか、カメラとか分けていくものじゃなくて、役者が役者だけやるのではない時代だと思うんですよ。むこうではもうたくさんそういう映画は出てきてますし、全部に感性を開いてないと、新しい映画っていうのはできていかない。ありとあらゆるものに関して敏感じゃないと、当然、人間に関しても敏感になれない。だれでも目立つことに関してはすぐ気がつくんですけども、潜在的に隱されてるものに気づくためには、いろんな角度でその人の考え方、しゃベり方とか、目の見つめ方、耳のよさとか、音楽の趣味とか、全部含めて映画にからみ込んでいかないと。昔みたいに職人さんがそれぞれのパートだけを請け負っていくという時代じゃないと思うんですよ。ぼくらがインディペンデントな映画をつくっていくためには、常に自分をマイナスの状態にしておく。ぼくは足していくことよりも引いていくことのほうが好きなもんですから。心の動揺とか激しさは、ふだんの生活を皆さんがしてるときに、あまり激しく動いたりしないと思うんですよね。そういうことにぼくは注意していままで役をやってきました。映画というのはいろんな角度で細かい部分まで見つめていって、それでなおかつ新しい、なんか風が吹くようなニュアンスを、常にぼくらは考えていかないといけない。そういう意味で石橋凌はロックンローラーというよりも、むしろパフォーマンスのできる表現者だと思ってますのでね。
———音の問題ですけども、リズムが太鼓とかシタールとか、非常にハードなというか無機質な感じをよく出してると思うんです。
松田 この音楽監督の奈良敏博と羽山伸也は『それから』の音楽をやった梅林茂とともにぼくといっしょにEXっていうバンドを持ってまして、四人でツアーを続けてるグループなんです。今回はクラシックなニュアンスとちがってもっと現代音楽風な音で迫りたいと考えまして、いろいろ画策したんですけども。ヒントになったのはべトナムのレコードを二、三枚借りて、いくつかそれをアレンジ、ニュアンスを変えていって、ぼくと羽山君と奈良君と三人で、映画が上がってそのビデオを見ながら二日間でつくりました。映画のなかにどっぷり入り込んでいればおのずと音は鳴ってきますので、それを流さないようにするのが音楽監督のつとめですから。実際に『ストレンジャー・ザン・パラダイス』にしても、いまのむこうのインディペンデント映画は、ジョン・ルーリーにしても、自分でやっぱり音楽をつくったり、いっしょになってやってますので、ぼくたちも自分が心のなかで感じる音をそのまま出そうじゃないかということで、こういう音になりました。
———失礼な質問かもしれませんけど、『家族ゲーム』の監督、森田(芳光)さんから吸収した部分はあったのでしょうか。
松田 もちろん、ぼくがいままでごいっしょさせてもらった監督さんのほとんどはいただいてますね。特に工藤(栄一)さんの映像が好きなもんで、ベーシックは工藤さんの「光と影」というニュアンスをずいぶん意識しまして。あと村川(透)監督のテンポとスピード感と、鈴木清順監督のあの裏側に張りついたような狂気、そういう遊び方と、森田芳光監督のあるニュアンスといいますか、そういうのが全部ぼくの身体に染みついてずいぶん役に立ってます。
———監督としてデビューなされて「一本きりというのは非常に惜しい」というスタッフの声があるということも聞きましたが、もうやらないわけでしょうか。
松田 監督はほんとすごい仕事なんですけども、役者のほうが気持ちいいもんですからね。映画が一本でき上がっていくのは、昨今ゴロゴロ転がってるような映画だったら別ですけど、なにか常に新しいニュアンスを考える場合には簡単に口を出せるものじゃないと思うんですよね。特にぼくはその瞬間、瞬間を演じる役者としてやってきたものですからね。今後またこういうニュアンスの映画をつくっていきたいというのはあるのですけども、相当なチャンスとタイミングがないとたぶんぼくにはお鉢はまわってこないと思います。
参加者 監督交替の件について、くわしいことが聞きたいんですけども……。
松田 フォーカスじゃないでしょうね(場内笑い)。角度のちがい、映画をどう撮るかという、基本的角度の問題なんですよね。たとえば、人間一個でも、うしろから撮るか前から撮るか、簡単な言い方すればね、背中から撮るかとか、そういう角度が、前回の小池(要之助)監督の場合は……ぼくらがいっしょになって話し合って現場に入るまでに三カ月くらいあったんですけども……そのあいだに打ち合わせしてて了解してたものとはまったく現場ではちがってましたもんですからね。実際にラッシュを見て、スタッフとみんなで話し合って「どういう映画にしよう」と決めたことがだんだん薄れていったのですね。そこで小池監督、プロデューサー、ここにいらっしゃる仙元さんなど全員含めて話し合いをした結果「自分は撮らない」と小池監督がおっしゃった。本来ならば、そこで中止をするのですが、すでに一週間撮ってまして、お金もかかってますし、記者会見もやってますし、途中でまた新しい監督さんに頼むのも非常に失礼な話です。いろいろ考えたあげく自分で責任をとろうと自分で決め、皆さんスタッフにそのことを伝えましたら「いっしょに死んでくれる」ということになりましたので、あっさりといくことになりました。最初から監督やるつもりでこの映画に入ってれば、もっと、理屈の多い話になってると思うのですが、途中でスタッフ、キャストの熱い思いとノリが薄れていかないように、とにかく毎日每日の現場を大事にしていこう、あまり理屈を考えないでていねいに非常に美しく撮っていこうということにしました。それが結果としてどうなったかわかりませんけども、ぼくは非常に満足した結果になってると思います。
参加者 暴力性のある映画、アクション映画についての考えを聞きたいのですが。
松田 ぼくがいまやらなきゃいけないのは、見た目の部分に関してはシルベスター・スタローン、千葉真一もいますから、その方たちにがんばってもらって、ぼくはもっともっと内面に向かってく暴力を、もっと自分のなかに噴出してくる、神経にさわってくるような暴力を、考えていきたいと思います。
参加者 ひとつだけちょっと、疑問なのですが。なぜヤクザに肩入れするのか。ロボットがなぜ、単なるチンピラといっては失礼ですが、ヤクザに近づいていくのか。また、それをなぜ素材にしたのか。
松田 ヤクザってことですか。
参加者 ヤクザじゃなくてもよかったんじゃないですか。
松田 そうですね(場内爆笑)。やりたかったんですよ、ヤクザ映画を。いや、ぼくらなりのヤクザ映画を、やりたかったんです。『それから』を終わったときに、森田芳光監督と次は『ゴッドファーザー』みたいなやつをやらないか、みたいな話をしてて、監督のほうが逃げましてね、『そろばんずく』のほうへ(場内笑い)。それでぼくはムッとしたもんで「よーし、じゃおれがやってやろう」と。わりと単純なんですけどね、きっかけは。テーマは、好きなんです。
参加者 ふたつ聞きたいことがあるんです。ひとつは全体的にロホットが、最初、間接的に描かれてます。暑さを感じないとか、殴られても反応しないとか。それが最後に、機械を見せてしまうでしょ。なにかそれまでイメージ的につくられていたものが、モロに見せられてしまったという感じで、松田さんは、どういった意図で、あの胸が割れたシーンを出してくれたのか、というのがひとつ。あともうひとつ、カメラでですね、手塚(理美)さんと松田さんが花屋の前で会話を交わすシーンがありますよね。あれたぶんハンディカメラを使ってると思うんですけど、階段を下りてアップになっていきます、そしてこんどは手塚さんのほうにまたハンディカメラで階段を上がってアップになっていきますね。あそこのシーンでなぜそういったアップの仕方をしたのか。普通アップって考えたら、スムーズなアップで、クレーンを使ったりとかズームとか、そういった方法があったと思うんですけど、そこをあえてああいった手ぶれの出るような感じで、なぜとらえたのか。
仙元 いま言われた手持ちのほうのシーンですけども、ぼくも撮影中に監督に「階段上がったり下りたりすると画がブレて見にくくなるよ」って単純な話をしたんですが「それでいいんだ」と。いわゆる機械的なメカニックを使ったズームアップだとかクレーンだとかというもんじゃなくて、人間の心の動揺のなかにある、ある空間のこの空気を、自分のなかで近寄ってほしいというんで、ああいうかたちに撮ったんです。
松田 最初の質問についても簡単なんです。アメリカでは、すごいSFXを駆使して、ぼくらいつもハラハラドキドキさせられますね。この国では、たくさんお金や機械を使ってても、壁なんかが板だったりとか、いつもせつない思いしてるんで。ぼくもこの日本の映画でSFを見たいんですよ。ぼくは撮れませんけど、ぼくが見たいSFっていうのを、だれかが撮ってくれないだろうかという願いもこめて、映画ファンとして願いをこめて、ある部分では入れたということはありますね。
参加者 二一歳ですけど、感情が鈍いのか、なんか知らないけど、わかんなかったです。このコピーのとおり常識じゃない映画です(場内爆笑)。
松田 わかってんじゃない、常識じゃないって(笑)。
参加者 とにかくなんて形容していいのかよくわかんない映画で、ポカーンとしてるあいだになんか不気味な風が体じゅうを吹きまくった感じで、意図してやってるんならすごい。これを、なにも考えずに撮ってしまったのなら「なんて映画なんだ、おれは怒るぜ」という感じです。
松田 おれも怒りたいな。なにも考えないで撮れるわけないんだから。まあひとつぐらいは自分で、どういう映画だったか決めてくださいね。ヨロシク。
参加者 後半で画面を白いトーンにしたのはどういう意味ですか。
松田 ひとつは、無風状態といいますか。それとリアルタイムの狙いとしては非常に暑い感じ、東京が冬から突然夏になったんじゃないか、そういうイメージを出したかったもんですから、そのふたつです。
参加者 主人公と準主役に強いインパクトがなかったんですが、これをつくるとき、どこを軸としてつくったんでしょうか。
松田 インパクトっていうのはたとえばどういうインパクトがほしいですか、あなたの場合は。映画を見るときに。
参加者 そのストーリーのなかに主人公が生きてこそ映画になるんでしょ。それがなかったように思うんですが。
松田 しようがねえな、それじゃあ、答えようがないな。それもたぶん見方だと思うし、まあどっかひとつ感じるんだったらそれについてしゃベれるけど、まったく感じられないんだったら、それはそれでおれは答えようがないというかね、いくら說明してもたぶんわからないだろうし。なにか答えてほしい?もう一回見てくれよ。
参加者 ヤクザのドンが殺されて石橋さんが走って追いかけていったとき、ぼくはすごい血のシーンなんか見たかったんですよね。
松田 ぼくらが悪いんですけどね。『太陽にほえろ!』『大都会』『西部警察』で、皆さんのちっちゃなカタルシスを常に解消してきて、解消しすぎちゃったもんだから「松田優作だったら絶対捕まえてブチ殴るぜ」とか見ている人間に思わせてしまう、ぼくも頭がボーッとしたままそういうことをやってきた時期もあったもんですからね。たぶんその惡影響が最近出てきてんじゃないかと思います。これからがんばりますからかんベんしてください。
参加者 脚本のことなんですけど、丸山さんが書いてそれをどういうふうに手直ししたのか、それから、松田さんの意図と丸山さんの意図っていうのはまるっきり一致してたのか、あるいは多少ちがってたのか。
松田 一致してました。ぼくと丸山昇一さんと仕事するときにはいつもふたりで、シノプシス、プロットみたいなのをつくっていくんですけどね。その骨組みをつくったあとに、丸山さんが脚本を書いてくれるんですけども。監督交替劇がありまして、もうひとつひっくり返した気分にしたいこともありまして、ぼくがその日のうちにもう一回、その骨組みを全部解体して、大幅にセリフを書き直したんです。それをこんどは丸山昇一氏にチェックしてもらって。
参加者 私は日本にはハードボイルドはなじまないと思うんです。そこにレプリカントというものを使って、ハードボイルドを持ち込んだというのは非常にうまいと思うんです。ついつい連想してしまうのは、最初は『ストリート・オブ・ファイヤー』だし、全体的には『ブレードランナー』だし『ターミネーター』であるし『チャイナタウン』も当然思い出しますし、であればですね、もっとどうかなったんじゃないかと思うんですが。
松田 わかりません。ぼくは『ストリート・オブ・ファイヤー』も『プレードランナー』も『ターミネーター』も見てないんです。これは偶然でしょうね、たぶんだから意識はもうほとんど世界なんですよ(笑)、日本人は。はっきり言いますけど、何故みんな自信をもってもらえないのか。『家族ゲーム』がニューヨークでどんなウケ方をしてたのか、皆さんは知らないでしょう。そういう記事を送ってくれないからね、この国は。だからレベルですよ、ほとんど。ニューヨークでインディペンデントの若手の監督たちにずいぶん会いましたけど、問題ないですよぜんぜん。それと同時に『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」でジョン・ローンがやりましたね、東洋人で。いままで東洋人でチャンバラとかサムライとか、カンフー以外で、むこうのニュアンスで芝居をやった人はいないと思うんです。そのことに関しても、この国の俳優たちはむこうの映画を見るようにして見るでしょう。なんでくやしいとか、おれだったらこうするとか、そういう意識を持てないかな。それに対するぼくはほんとうにテーゼですね。いまやろうとしていることはぼくのなかには意味があります。だからはっきり言いますけど、もう卑下することも泣くこともないんですよ。ほんとうにレベルは同じです。だから泣かないでぼくはがんばってみます(笑)。いくらでも文句いってください(場内拍手)。
参加者 松田さんに、この映画には直接関係ないんですけど、一度会ったら聞いてみたいなと思ってたことがあって、きょうの映画の最後でもサングラスをかけて追いかけられてましたね、あれと同じように松田さんの重要なアクションシーンには必ずサングラスをかけていて、かけてなくてもわざわざかけて演ってるんですよね。松田さんにサングラスになにか思い込みがありましたら聞かせてください。
松田 かつてぼくが役者じゃなかった『太陽にほえろ!』でデビューしたころや、気分だけで映画俳優になった感じで自分の憧れだった日活無国籍映画のニュアンスをなぞっていた「遊戯シリーズ」に関しては自分のファッションだけでサングラスを使ってました。でも今回は小道具としてサングラスを使えた、という意識があります。いままでは,生活の部分も映画のなかにそのまま持っていってましたけど、まじめに自分が役者になっていこうとしたときから、すべて全部自分をチャラにしてしまうというふうになって、それまで自分の身につけていたアクセサリーがちゃんとした小道具に見えてきましたね。それと今回はヤクザ映画といえばすぐに声を押し殺したりとか、低い声でドスを利かしたり肩をいからせたりすることはほとんど排除しました。片桐竜次も東映ヤクザ映画をずいぶんやってきてるもんですから、いきなりやらせると低い声を出したり、すごんでみせたりします。だから彼にオーバーを着せ、松葉杖つかせて、声のトーンも頭から出てくるような声にさせたのです。ポール牧さんも古い任俠のヤクザ映画のような芝居をするので、これも別室に閉じ込めて……(笑)。とにかく狂気というのが表に出てこないようにしたのです。要するにだれも近寄りやすいと一見思わせる人がほんとうは怖いんですということですが、いろいろ特訓しまして……ああいうふうになったわけで。結局いままでやってきた方法、それはもちろん好きですけど、そうじゃない方法論をいくつか使ったつもりです。
———この場で監督・主演の松田優作さん、またそのほかのゲストの方といっしょに『ア・ホーマンス』を感じたことでなにか心に残るものがあれば、この秋公開ですので皆さん応援のほうよろしくお願いします。
松田 初めて自分のつくった映画を見ていただいて、こういう反応をもらって、ほんとうにいままでいつも役者でついてまわって、監督のとなりにいればよかったんですけど、初めてその映画のその生の感覚といいますか、皆さんのご批評、ご批判を承って、非常にぼくも感無量です。失礼なこともぼくも申し上げましたけども、ただひたすら映画が好きでがんばってますので、皆さまひとつこれからもよろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました(拍手)。
湯布院映画祭通信○1986年9月16日号