両足を5糎(センチ)ずつ切ろうかと思った

【1982年6月】

———きょうはだいぶかったるそうですね。

松田 いや、ちょっと人に会いすぎちゃったもんだから、ここのところずうっと。スーパーウェイトの人たちに(笑)。

———週に何人ぐらいに会うと限界ですか。

松田 そんなふうに、決めているわけでもないんですがね。

———キリンライトビールのCFに出てますけと、きょうもビールはキリンですね。

松田 そうなんですよ。

———「週刊明星」のグラビアでハワイ・ロケのようすを見ましたよ。

松田 ハッハッハ。

———鈴木清順さんが撮ったんですね。楽しかったですか?

松田 いやあ、それなりに問題ありましてね。あちらのコンテと。あの自転車の曲乘りは唯一、妥協案で、残りのあと二篇は、こちらで勝手につくっちゃいましたけど。

———髪型、変わったみたいですね。そのほうがいいですね。

松田 ええ。

———美容院に行くんですか?

松田 行きますよ、近場(ちかば)で。

———禿とか、白髪の恐怖は?

松田 一時期ありましたけどね。最近かなり白髪も出てきたらしくって。でも、禿げたら禿げたまんまでできるしね。カツラもあることだし。

———優作さんは太らないですねえ。少しは意識してるんですか?

松田 体重を10キロ落としてからね、体質も変わっちゃったらしくて。

———10キ口、どうやって落としたんですか?

松田 もちろん、食べなかったし、サウナも使ったし、自分家(ち)で買ってね。

———どれぐらいかかりました?

松田 三カ月くらいかな。

———一度10キ口落とすと、こんどはそれを維持するの大変でしょう?

松田 いや、だからそのまま、もどんなくなっちゃった。

———ハァーッ!疲れやすいとか、そういうことは?

松田 そのへんは、なんとなく。

———優作さん、いくつになられました?

松田 三二。

———どういう人にインタビューしてほしいというと、優作さんの名前、必ず挙がりますね。特にVOICE(「Studio Vοice」)は。あまり誌面に出ないからファンの方に欲求不満があるみたいですよ。「男っぽい」人っていうのはインタビュー嫌いが多いみたいですね。わかりますけどね。インタビューって、あんまり気持ちがいいもんじゃないですからね。

松田 でも、ショーケンの号は、おもしろかったですよ。ぼくも取材されるのいやですけど。

———ところで優作さん、音楽では、最初どういうものを聴いていました?

松田 ほら、ぼくのところ漁村でしょ。だから、やっぱり演歌ですねえ。端的に、音楽的なものというよりも、たとえば、(小林)旭の映画といっしょにそのまま入ってくるものだった。

———松田優作、即ブルースってイメージがあるんだけども、洋楽に目覚めたのはいつごろですか?

松田 それはやっぱり東京に出てきてからだね。

———何歳ぐらいのときですか?

松田 そうねえ、その前にアメリカに行ってたから、一八前ぐらいだったかな、東京に来たのは。それで、なんとなくジャズというかね。

———じゃあ、いまでもジャズは、かなり好きですか。

松田 ええ、聴いてますよ。

———ボブ・マーリィが来てからけっこうレゲエに狂ったそうですね。

松田 そうですね。縦揺れじゃなく、横揺れでね、レゲエをやっていきたいですね。そっちのほうに関しては幼いもんですから(笑)。

———ストーンズ・ナンバーの「ホンキー・トンク・ウーマン」とかライブアルバムに入れてましたよね。

松田 ええ、セコいんですよね。

———レパートリーのなかでは「ブラザーズ・ソング」って曲がぼく、好きなんですけど。

松田 自分が何百回も歌っているし、何百回も聴いているんだから、自分の曲のことを、自分の口からねえ、言えねーベえ(笑)。

———これは試写室に入るときについてもおうかがいしたいんですが、でき上がったレコードに針を落とす瞬間というのはどうですか。

松田 まあ、そのー、レコードとか音方面に関しては後悔しますね。音楽に関しては、まだ幼稚園ですから、ときめきとふるえと、不安しかありませんけど、映画の場合は、そのたび、そのたび、上がってくるラッシュを見ながら、監督なんかと確認し合ったりね。とりこぼしたり、つけ加えたりという作業だから、ラッシュを見ないと、自分の場合は。もちろん、映画のケースにもよりますけどね。だから、全部含めてですから、試写室に入ることも、映画を撮るときも、どこがどうって切れ目がないですね。

———松田優作は自分の出た映画は見ないという伝說がありますが、噂ですか?

松田 そんなもん、噂ですよ、そんなもん(笑)。

———ことしの予定は、どうなってますか。

松田 えー、テレビでは、ことし一月に『春が来た』というのを(桃井)かおりとやったんです。それでスペシャルもの、もう一本ということになって『蒲田行進曲』っていうのをやります。なぜか兄弟になりそこねた、つかこうへいの(笑)。角川=松竹で入るんですけどね。

———つかさんとはもう会いましたか?

松田 ぼくは長いんです、つかと。彼が大学でやっているころから知ってます。

———優作さんは麻雀やらないんですか?

松田 いまはね。

———つかさんは麻雀好きですねえ。なぜか兄弟になりかけたつかさんとは、ほんものの義兄弟になりたかったですか?

松田 かんベんしてくださいよ。冗談じゃないよ!(笑)

———お酒はけっこう強いんですか。

松田 強いから飲んでんだよ(笑)。好きになったねえ。

———日本酒は?

松田 日本酒だけはダメです。

———それにしても、優作さん、取材されるの久しぶりですね。

松田 ほんとうに久しぶりだね。

———インタビューは嫌いですか?

松田 うん、嫌いでしたね。

———これから増やしますか?

松田 かんベんしてくださいよ。

———いま、一週間休みがあったらどこ行きたいですか。たとえば、山にこもっちゃう人なんかいますよね。

松田 それは、自分の生活のリズムにポリシーがあるからじゃないですか。ぼくらみたいにころころとポリシーが変わってるとね、すでにポリシーでもなんでもなくなっているようなものがポリシーだったりしてね。だから、一週間がどれだけの一週間かわからないしね。たとえば、映画を二週間で撮る場合と、一年かけて撮る場合と、ほとんど費やすエネルギーが変わらない場合と、変わる場合があるけれども、それさえも時間の問題じゃなくてね。まあ、時間の問題のときもあるけど……。なんの話しているのかな(笑)。

———体調の維持みたいなことも、職業柄むずかしそうですね。

松田 仕事を選ぶというのを、ぼくなんかの場合することが多いでしょ。

———断ることも、ママありますか。

松田 そんな偉いもんじゃないですよ。

松田 どこまでいったっけ(笑)。だから、なんというか待ってたりする時間が、たとえば待っているってことはまだ休みの期間があるわけですよね。それが待てなくなって拒否し始めたとき、なにをやっていいのかまったく見えなくなってくるんですね。そういうときに落ち込み方がやっぱり、ぼくらみたいな商売はちがうみたいですね。

———俳優商売は、つまるところ、待ちの仕事なんですかね。

松田 サラリーマンの、たとえば、あなたが次の取材のために待ったりするでしょ、そういう意味じゃなくて。まあ、次から次へと仕事をたくさんこなしている人もたくさんいらっしゃるし。たとえば、外国の人だと、一年に一本か二本、映画をやって一年が終わってしまう場合もあるでしょ。

———優作さんの理想は後者のタイプですか?

松田 理想とか、無理ですよ、やっぱり。むこうの感覚に合わせるというのは、時差なんかちがっちゃうとね。時差がちがっちゃうと同じ人間じゃないと思っちゃうから。だから、こんな狭い国で意識だけはメジャーとかマイナーとか言ってても、そんな差は基本的にないですからね。あっちゃの国だったら、ニューヨークじゃバンバン撃っている、カリフォルニアじゃサーフィンやっているなんていう広い国でしょ。こっちの国は基本的には法律っていう決められ方が、しっかりしているでしょ。だからなにがメジャーでなにがマイナ—かというと、ルールを破った者がマイナーで、ルールに合わせていくのがメジャーだと。そんぐらいの物差しかないんだよね。别に部族性も地域性もあるわけじゃないしね。そんなこと考えてたら、この国で考えている“理想”っていう言葉ってものは、できればむこうの話と比ベてどっかに無理だという感じがあるね。つまり結局は、かなり下のほうの話なんですよ、どんないい話をしても。

———一〇代後半に優作さんが、アメリカに行った体験というのが、いまの話なんか聞くと、ちよっとありそうですね。

松田 ちょっとだけでなく、相当ありますね。

———ハリウッドに住むとかは?

松田 ないですねえ、(水谷)豊が住んでいるんじゃないですか。たまに遊びにいこうと思って。

———物欲は矢沢永吉さんのように強いほうですか?矢沢さんの場合はいつも逃げ道をふさいじゃって、自分自身をふるい立たせるって感じもするんですがね。

松田 でも、そりゃあ、逃げ道ふさぐのは、銀行強盗だって、タタキだって同じですからね。でも犯罪を犯すというのはここまでと引かれている線を切ることなんだよな。犯罪というのは可能性ですから、ここまでと決められている部分を犯していくってことは、可能性に挑戦しているんだよね。まあ、犯罪者はこんなこと考えてないと思うけど。危険なことを犯すかどうかってことになると、矢沢さんはやっぱり犯したんでしょうね。だから結局、そういう言葉で自分を正当化していかないと自分自身つらいこともあるだろうと思うしね。

———優作さんは、それとはまったく逆のナチュラルマインドみたいな自然流の生き方をけつ二う意識しているんですか?

松田 うん、なんかナチュラルまではなれないだろうし、やっぱりこどもにはかなわないからねえ。だから、できるだけ普通になろうって感じはありますね。

———優作さんは作詞という作業をしてますよね。きょうの話を聞いていますと、やっぱり言葉に対して敏感なタイプじゃないかと思うんですよ。国語なんかよくお勉強したんじゃないですか(笑)。VOICE(「Studio Vοice」)を熟読して、登場してくれた人なんか初めてですし。活字が好きなんじゃないですか。

松田 それは、こんどインタビューあるってんで本屋さんに買いにいって見たからですよ。みんなそうじゃないですか?でも、ぼくの好きな人って、みんなここ(「Studio Vοice」)が好きなんじゃないすか(笑)。

———ところで、優作さんの声ってずうつとそういう野太い声ですか。こどもなんか、もの真似でよく優作さんの真似をしてますよね。

松田 もう、見せものですよ(笑)。この前、倉本聰さんに会ったときにも言われましたけどね。あの人は講演をやるときに、ちょっとドスを利かせた声でしゃべると、ふだん、こうやってしゃべるときとちがって高い声なんですよ。だから、講演やるときも普通の声でやればいいじゃないですかと言ったら、それじゃダメだって。自分も太い声を意識してしゃベったり、武器にしたりしたこともありましたけどね。特に、新劇みたいな学校(文学座養成所)にいると、声の通りがいいだけで、それだけでよかったからね(笑)。いまは、気にしないで声を出しているから、ふだん話すときは声が太いとか別に気にしないですね。自然であればそれでいいんじゃない?

———三〇歲という恐怖の通過地点にはこだわったほうですか。

松田 ぼくの場合、待っていましたね。三〇歳というよりも、あのへんの年代っていう感覚で、そのへんをめざしていたからね。ぼくは、いろんな面でけっこう臆病だったし、すき間がなかったというのかねえ、上に出ても、どこらへんに行けばいいのかって、自分で、ただ、ひたすら焦りとツッパリとでね。

———さっき、表紙撮影のときに、186センチも背があって邪魔だって言ってましたけと、ほんとうなんですか?鴨居に頭をぶつけたりするから……。

松田 そういうことでなくて、あのー『野獣死すベし』やるときにね、まあ前に藤岡(弘)さんとか、やっててね。で、代表作ですからね。大藪春彦さんの。いやでね、やるときに。このことについて相談してああいうふうには絕対しない。原作どおりには絶対しないと、いっさい、こっちでやりたいと、言ったけど。とにかく『野獣死すべし』で、伊達のね、肉体を全部捨ててしまおうというのがあって、だから街なかでひっそりとしてる男を演じるためにはどうしたらいいのか、ってね。真剣にね、足を5センチ切ろうかと思った。で、調べたりなんかして……。

———それは初耳です。

松田 実際にね、2メートル50ぐらいあるアメリカの女の人が、10センチ切ったっていうのがあるんですよ。だけど、そのときはいいんだけど、一生歩けないわけじゃない?松葉杖でねえ。ほんとうに切ろうと思ってね……。

———ほんとにそうなんですか?

松田 うん。で、それはどうしても無理だし。だから、滑稽な話なんですけどね、で、体重を10キ口落とそうと。で、落としたんだけど、この声がどうにもならないと、この声もいやだし、このへんがエラが張ってるし、いやだなと思って、だからこんどは歯抜いて、上と下と、四本抜いて、やっと落ちたよ、ここ(頰)が。

———ハァーッ、やはり歴然とちがいますか、顔が?

松田 ちがいますね。だから、喉もね、若い、フラットな声が出るようになった。だから、そういうのがあってね、贅沢な悩みなんですけど、ずうっとそのへんから、肉体に媚びなくなってきた。

———歯を四本抜くなんてすごいですね。全部抜いた人もいますけど。

松田 いますね、マニアックな人が、約一名(笑)。

———引っこ抜いた歯は、永久歯でしょ?

松田 そう。

———そうすると、いまはポリデントと入れ歯のご厄介に?

松田 いや、そのままにしてある。そうすっと、頰の肉が取れちゃうでしょう。

———宍戸錠さんとは逆のことを……。

松田 賭けだったですね、自分のなかでは。『野獣死すベし』の伊達邦彦役っていうのは……。

———それは、最も愛してる作品ということ?

松田 いや、そういう意味じゃないです。きっかけだったから。実際にね、身長が1センチ低くなりました。

———……?!

松田 やせたおかげで。うれしかったなあ、あんとき。

———やせると、身長も低くなる?

松田 わかんない。だけどおれはそうだった。

———身長低くするのもむずかしそうですけど、体重を増やすのも大変でしょうね。

松田 だから、体重増やすってことは、美意識を変えなきやいけないでしょ。ところが、その美意識さえも棄てることができるってのは、まあ、ヤバいんですけどね……。

———髪切るのはなんてことないですか?たとえば、坊主にするとか。

松田 ぜんぜん問題ないです。だから太ることもいまは、あまり問題ないです。

———優作さんの場合も、現実と虚構の境目がわからなくなるような一瞬って、ありますか?撮影中に。

松田 長いですね、その期間が。見境なくなっちゃうっていうときの……。

———若いころから?

松田 いや、ぜんぜん。だから『野獸……』あたりからですね。

———歌のほうの快感というのは、どうですか?歌手冥利を感じるのは、コンサートのときの拍手ですか。

松田 うれしいですよ、それは。

———アンコールの手拍子とか。

松田 うん。だから、一回だけやるときの快感と、ずうっとツアーを続けながら、いろいろなところでやって、客も入んなかつたとか、いろいろなことを覚えていくわけでしょう。で、東京に帰ってきて、東京で二日間やる、と。そんときの快感ていうのは、まったく别個のものだから、同じステージでもね。だから、トータルでっていうと、またわかんなくなってきちゃう。だから、ずうつと使ってきた脳とは別のところを使い始めたんだっていうことが、初めてやったときの自分の感想っていうか……。

———自分で全国まわってみて、地方と東京では、ファンの反応ってちがいますか。

松田 ちがいますね。大阪が、ぼくの場合、いちばん熱かったですね。

———そうするとやはり、大阪という土地に対する考えも変わっちゃいますか?

松田 いや。

———そのへんは醒めてる?

松田 そのまんまね、どこでもそうなればいいなと思う。贅沢にいえば。

———大阪の人って、ロックっていうか、洋楽に対して、鋭いですね。

松田 そうですね。大阪のほうが、ニューヨークに、オーバーだけど、東京より近いんじやないですか。

———お客さんが、ステージの上に上がってくるようなこともあるんでしょ。

松田 上がってきた。収拾つかなくなっちまってねえ。

———優作さんでも、ウケなかったことありますか?

松田 ありますよ、たくさん。初めのころはね。

———こんどはいつやっていただけますか?

松田 やっていただくというほど大したものじゃないけど、秋ぐらいに一度……。

———お客が舞台に上がってきたときはどうでした?けっこうかわいいという感じ?

松田 そんなもんじゃなかった。ウワーッて、倒されそうになってさ。それで、舞台監督なんか出てきて、おれをかかえてさ。

———映画もそうなるといいですね。

松田 いいですねえ。『人間の証明』のときに、北海道にキャンペーンに行って、札幌に地下の長いプロムナードがあるでしょ、そこでサイン会とキャンペーンやったんですよ。そしたらもう、五千人ぐらい来たのかな、ほんとうに。で、ロープ張ってあったのをだれか切っちゃって、ガードマンが一〇人くらい、抱きかかえてくれてね、走って……。あんとき、うれしかったな。

———そろそろお約束の時間が迫ってるんですけど。

松田 タイムアップですか。

———優作さんさえ大丈夫なら。

松田 ぼくはいいです。

———優作さんにとっていちばん大事なものは、いまなんですか?たとえば、無人島になにかひとつだけ持っていくとしたら、やはり聖書とか……。

松田 どっかこう、頭が発達しすぎて、右の脳を使いすぎると、普通の人っていうのは左の脳で生活していけるんだけど、最後は結局、やすらぎを求める。だから坊主になるか、右の脳と左の境目が、ぷっつり切れちゃって精神病院行くか、どっちかなのね。だから聖書を持っていくとか(笑)。

———そうすると、無人島に持っていくいちばん大切なものは?

松田 ぼくは、女ですね、やっぱり。

———この世に女がいなければ生きてけないですか?

松田 それを肯定するたとえっていうのは、都合よくできてるけどさ、生きていけないとかさ、そんなもんじゃないですよね。ぼくはやっぱり、女ですね。

男から笑いとか、喜びとか、傷つき方とか、别れとか、教えてもらっても,全部忘れちゃうから。全部、女から教えてもらうんですよね。女ももちろんそうだろうけど。男と会ってても、一時間持ちゃしないものね、ほんとうに。女はさ、見てるだけでもいいもんね。

そこからだんだん深くなっていくんじゃないですか。女の子としゃべるとき、そういうときにたくさんのことを覚えるじゃない。だから、女の人がいちばん、ぼくの場合は大事だね。

———フィツジェラルドの『グレート・ギャツビー』なんか、好きそうですね。

松田 なんですか、それ。

———映画にもなったんですけど、第一次大戦後、貧乏な男が上流階級の女を好きになって、いかがわしいことなんかもやって成り上がっていく。女の住んでる島に……口ング・アイランドなんですけど、そこに海をへだてて彼女の家の真向かいに家を買って、なんとかもう一度求愛しようって話なんです。

松田 いいねえ。うん。いいねえ。

———主人公のギャツビーは最後に射殺されちゃうんですけど、一瞬、自分の夢をかなえて……。

松田 この国で、たくさんそういう話があってもいいんだけどね、映画でも。

———失われし男のロマンの復活という意味合いからですか?

松田 そういうふうに、いちいち形容詞とか代名詞がつかないんですよね。别にナチュラルマインドでも、なんでもないけど。

———でもいま、優作さんみたいに、女によって男が深くなる、なんて言う人少ないですよ。

松田 どうも……てれちゃうな。ヘヘッ。

———ぼくもね、二〇代の中盤まではそういうこと言ってたんですけどね。

松田 二〇代ですでにそういうこと言ってたんですか?

———ええ。

松田 おれは、遅れてんのかなあ(笑)。いまさら言うってことは。

———だんだん、世の中の垢みたいなものが身についてきて、言わなくなっちゃうんですよ。

松田 ……一一年間住んでた女と、五歲になる女の子がいて、だけど、最終的に残ったものっていうと……汚ねえのね、結局。こどもと別れていくっていう芝居があったら、おれは、絕対、楽にできるなっていうふうに考えちゃうのね。そういうことを最後に考えちゃう。污ねえっていうかね、泣きましたよ、自分で……。

———すると、優作さんは、いま、新しいパートナー(熊谷美由紀)の待つ家に帰るのが楽しみなんだ。

松田 なんだなんだ?!(笑)。二〇歲なんですけど……おれも好色だなー……。

———好色!(笑)。まさか男色も兼ねてたりは?

松田 男色?!殺したらいいね(笑)。

———コンサートにいらしてたことありますよね?会ったことありますよ、楽屋で奥さまと。

松田 前のですか?

———いまの。

松田 いまの?奥さまじゃないですよ、いまのは……。

———根暗デルタール人になるから話題変えましょう(笑)。最終的に、監督やりたいとか、レコードのプロデュースしたいとか、そういうのってありそうですね。

松田 ええ、やっぱりねえ。いますごく自分のなかでさえてるなと思ってる時間、たくさん持ってるけど、それはやっぱり、死ぬまで続くものでもないですから。だけど年とっていくと、だんだん単純になっていくと思うんですよね。そのときに、かなり鋭利にものを考えられるようになっていてもいいんじゃないかと思うんだけど、それにしても、やっぱり鈍くなっていくと思うしね。やっぱりいま、自分が複雑にものを考えたりすることを、いちいちね、拾っていくとこんぐらがってくるから、とりあえずやることだけ、いま見つけて、やってはいるんだけれど。そんなかで、こぼれていっちゃったものとか、その時期にやってけなかったものとか、拾い歩く作業を、もしこれから四〇になったときとか、やってけるようだったらね。そんなときには立場を変えて、プロデューサーしてたり監督してたりとか、そういうことはあるかもしれないね。

———結局のところ、松田優作の日常っていうのは一般には想像もつかないところがあって、ぼくにはそれが、すばらしいと思うんです。で、いろいろお聞きしたんですけと、優作さんの内面はいくら長時間インタビューしても永遠にわからないっていう印象が残る。だからこそ映画の世界でスターだっていう思いがあるんですけど……。

松田 うれしいですね。ぼくもね、いま、右の脳が発達してまして、だからいろいろな人にむりやり強引になったりしてるんですけども、そういうときにね、まったくいいタイミングで「スタジオ・ボイス」が来たから、なにかこう自分のタイミングが、自分の状態がボイスの人にはわかんのかっていうのがあって、じゃあ会ってみようと……。あいつはいま、つかえてる、吐き出したいんじゃないか、なにか止まってるな、次行きたいな、とかいうはざまを狙って、そういうタイミングを狙ってインタビューする、おもしろい雑誌じゃないかと思ってね。

だから、人柄とかツテで会うとかいうんじゃなくてね、たまたま波長が合ってたと、だから編集部の勝利じゃないすか。いいんじゃないかな。

Studio Vοiсе○1982年6月号

《松田優作、語る》

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