【1983年10月】
目下、男の子たちの超人気アイドル、薬師丸ひろ子。彼女が主演した映画『探偵物語』には連日、若いファンがつめかけた。ところが終映後、女性客たちがロ々に語る感想のなかに“松田優作”の名前がひんぱんに出てくる。ひろ子ちゃん扮する女子大生に影のように寄り添う三三歳の男、尾行もろくにできないドジな探偵……。
人生を傷つきながら歩いてきた中年男を演じて、松田優作は若い女性の心をがっちりつかんだ。
「あの翳りのある表情がたまらない」
ガールフレンドにこう言われて、傍らの男の子はぶ然とした表情。
かなわねえや……という感じなのだ。
おれはひろ子ちゃんの持っている人気を利用させてもらったんです。少しでも多くの若い人たちに映画を好きになってほしかったから。こんどおれがやるときには、今回の観客をこちらのほうに引っぱり込んでしまおうっていう魂胆……ちょっとずるいでしょうかね。
彼は淡々と、こう言ってのける。
そこにはかつてのような、ひたすら突っ走るアクションスターの面影はない。
一一年前、テレビ映画『太陽にほえろ!』の“ジーパン刑事”役でデビューして以来、彼は常に周囲と並行に走る孤独な男を演じてきた。『殺人遊戯』『蘇える金狼』などハードタッチの映画出演が続く。
1980年に公開された『野獣死すべし』では、役に徹するあまり、過激なダイエットも試みた。 185センチの長身で、体重を62キ口まで落としたのだ。
いま、考えてみれば……バカなことですよね。
でも、あの当時は、役のために身長さえも、もう5~10センチ縮めたいくらいだった。
若者がだれでもそうであるように、彼も自分自身のカッコのよさに酔っていた一面もあったかもしれない。ただし彼はひたむきだった。銃を持って、サングラスをかけて、黙々とストレートに走ることが、彼自身の人生をそのまま映し出すことだった。
しかし、体重を62キロに維持したまま、次回作『陽炎座』に取り組んだ三一歳の彼は、金しばりに遭ったかのように身動きがとれなくなってしまった。まるで砂場から離れられずに、砂山をつくっては壊している孤独なこどものように。ほかのこどもたちが楽しそうにブランコやすベり台に乗って、自由な風と光を吸い込んでいるというのに……。
あのころからですね、おれのなかに変化が見えてきたのは。派手なアクションよりも、日常の、それこそ箸の上げ下げに深い感情をこめたいと思うようになったのは。相手役の女優さんの手に触れただけで、思いがかよい合うような、そんな演技をしてみたいと思うようになったんですよ。
そういえば『探偵物語』のラスト、彼がその大きな手を、ひろ子ちゃんの手に重ねるシーンがある。このときから、彼女は画面のなかでぐんぐんと大人の女になっていった。
ついてきてくれましたからね、ひろ子ちゃんが大人の女として。他人同士が撮影現場に来て、役の上で愛し合う。その疑似体験が何カ月かのあいだにほんものになるってこと、あるんですよ。
最後に手と手を重ねて、キスしたとき、彼女はおれの唇のあいだに、ソッと舌を入れてきたんです。
まるでほんものの恋人同士がそうするようにね。
熱っぽい恋のささやきも、がむしゃらな抱擁もないラストシーンだった。大人の男と女が別れのつらさを胸に秘めて、見つめ合う一瞬。まるでフランス映画のようなしゃれた味わいがあった。
ひろ子ちゃんも、もう一九歲。年齡的にはあんなことあったって不思議じゃないでしょ。たとえ現実には経験したことがなくても、わかるでしょう?その気持ちになっていけば、こんな立場に置かれたら、私はどうするだろう?どんなふうにふるまうのがいちばん自然だろう?ってね。そこに来られるか来られないかは、その人のセンスと頭のよさにかかってるんですけどね。
当のひろ子ちゃんも「あそこだけは自信があります」と、撮影後のインタビューで、うれしそうに語っている。松田優作というひとりの男に魅せられて、彼女も大人への階段を一歩上ったようだ。少しも無理なく気持ちのままに。30センチの身長差のせいで、ちよっぴり背伸びはしたけれど。
おれは若い人に、自分のなかの変化と重ね合わせて映画を見てもらいたいんだ。きっかけは『スター・ウォーズ』でもたのきん映画でもなんでもいい。劇場のあの暗がりのなかに入ったら、自分の過去や未来がいろんなかたちで浮かんでくる。そんな世界があるってこと、知ってほしいですね。
彼自身も『ET』を見ては、つい泣けてしまい、フランス映画『隣の女』を見ては、出演者たちの成熟した演技にうなってしまう、大の映画好き。
画面の上の優作さんを追っていたら、見ている女の子も大人の女になれるような気がする……ファンのひとりがこう言っていた。
いや、おれ、なんだか偉そうなこと言ってるみたいですね。
彼はてれ隱しにサングラスを引き上げた。
おれはまだ発展途上人なんですよ。かつて積み上げていったアクションスターとしての自分が、邪魔つけでね。やたら飾りばっかりたくさんつけて……。いまはひとつひとつそれをはずしていく作業をしているわけです。まだ三三歲だから間に合うよね。
『陽炎座』に出演したあと、彼は二年間一本の映画にもタッチしなかった。私生活での出来事も重なって、なにもする気がなかった。あのころは血を流しながら飾りを切りとっていた、と彼は言う。
死を考えたこともある。いまだに原因を憶測される沖雅也の自殺とは、どうも種類がちがうようだけど。
役者やってると、だれでも一度は徹底的に追いつめられてしまうってこと、そりゃ、ありますよ。 でも、おれの場合は仕事のせいじゃない。
仕事なんて、ちょっと手を抜きゃ楽ですから……やっぱりそれは……女性ですよ。
深夜、オートバイで高速道路を飛ばしていて、ふと、カープのあたりで、このまままっすぐ行ってしまおうと思うことがあった。
死ぬ気で走っていたわけじゃないけどね。
彼は三二歳で離婚を経験している。一一年間生活をともにした妻と六歳の娘、紗綾ちゃんを残して家を出たのだ。そして同じ事務所に所属していた熊谷美由紀と同棲、やがて結婚した。
いかにも男のやりそうなことだ。しかし、その出来事の裹側にある、もつれ合った感情の糸を考えると、そんな言葉だけではすまされない。
なんで女の人を好きになるのか?そう聞かれたって答えられません。うーん、顔もきれいだし、心も広いしなあ……、と言ってみたって、言葉の端々がうそになっていくんだから。男と女は赤い糸で結ばれているっていうけど、それじゃ、その赤い糸が二本も三本もあるのかよ!ってことになってしまうでしょ。
確かに、一度恋に燃え上がってしまった男と女には、定義や理屈などあるはずがない。そんなことを考える余裕があるほど、ふたりの恋は“お友だち恋愛”ではなかったのだ。
年齡が進んでいくうちに、人間はいろんな人と出会います。若いころ、10人のなかからひとりを選ぶのと、あとになって100人のなかからひとりを選ぶのとでは、えらいちがいですよ。
人間には選ぶ権利があるのだから……と彼はきっぱりと言いきった。周囲から非難の声が上がるのは目に見えている、妻子を悲しませることもわかっている。すべてをわかりすぎるほどわかっていて、なお彼は自分の気持ちのままを選んだ。
彼は、長年のよきライバルであるショーケンの大麻事件の話が出たとき、こう言った。
あれは事件ですか?事件って言ってしまっていいんですか?こどもがアイスキャンデーを欲しくて欲しくてたまらないとき、それを買って食べてみちゃいけないんでしょうか?願望を満たすってことは、自分に負けちゃうことだって、それだけでかたづけてしまっていいんでしょうか?
ショーケンは社会の規範に反して法律上の罪を問われ、松田優作は社会の慣習を破って非難の声を浴び、それに耐えた。
人生には、とにかくやってみなきゃわからないってことが多すぎますよねえ。やるかやらないか、それは自分の判断ですけど。
ひとり娘の紗綾ちゃんはことし七つになった。彼女が誕生日を迎える少し前の三月に、彼は一枚のLPを吹き込んだ。自ら作詞・作曲を手がけ、思いをこめて歌った五枚目のアルバム『インテリア』。そのレコードジャケットに、紗綾ちゃんが三つのときに描いた絵を使ったのだ。表側はパパ、裏側にはママ。それぞれ特徴をつかんだ肖像画だ。
あの子といっしょにいるときは、それこそ子育てなんて、なにもわからなかったし、考えもしなかったからね……ほんとうにダメでしたよ。
と、とぎれとぎれに語る優作さん。片親で育ち、自分のこどもだけにはさびしい思いをさせまいと思い続けてきた彼にとって、このLPは娘とのひとつのメモリアルになった。確かにあれはいまでもおれの娘なんだ、と思えるようになったころ、もうひとりのこどもが生まれた。現在五カ月になる龍平くん。美由紀さんは、いま、子育て戦争の真っ最中で、ふたりそろって外出することはめったにないという。映画やコンサート、しゃれたレストランでの食事もみんなおあずけ。恋人時代にはあれほどひんぱんに出かけたというのに。
よく、結婚してこどもができると、外のものに対する感性が鈍るっていいますよね。なんとなくボーッとのんびりしてしまうっていう感じ。あれはこどもといっしょにものを見ているからなんですよ。こどもを抱いて空を見つめる。「ああ、空が青いなあ」としみじみ言ってしまう。まるでこどもがそう言っているかのようにね。おれだっていまそうなんですよ、こどもといっしょにいると。
でも、初めてですね。こんな感覚を味わえるようになったのは。
日常のさりげない動作やニュアンスを演技の上で拾っていかなくては……こう思い始めたという彼のリズムも、こんな情景のなかから生まれてきたのかもしれない。子育てに追われる美由紀夫人に対しても、以前とはちがう感情が湧いてくるようになった。12歲も年下の妻に対して、彼は女のふたつの面を見る。家庭の代表者と刺激的な女というふたつの顔。
いっしょに暮らす前は見えないところがたくさんあるでしょ。常に危険がつきまといますよね。手に触れただけでピリッときちゃうような、すごいスリルがね。でもいっしょになると、恋人時代に見えないと思っていたもの……性格やら私生活でのこまごまとした行動とかは、全部軽く見渡せてしまう。じゃあ、もう終わりか、飽きちゃったかっていうとそんなことはないんです。なんていうか、女性の子宮感覚、あれはやっぱり見えないんですよね。彼女の持っているそんな一面を見ようと思い始めたのは、結婚してからですよ。
こうなってくると、世代のギャップもへったくれもない。互いに持っているものを少しずつ探り合っていくのだから。家庭のなかで、どちらが一番、二番という上下関係も、もちろんない。全力投球で演技をした彼が一番の日もあれば、仕事のこと々と悩む彼をしりめに、坊やを連れて近くの公園ヘ遊びにいく彼女が一番の日もあるのだ。
仕事も女性もひとまず置いて、いま、松田優作がいちばん悩んでいること.……なんとそれは余暇のすごし方。
ストレスって突然やってくるでしょ。外で酒飲んでて“チクショー”なんてテープルひつくり返してみても、解消できるもんじゃないしね。まあ、おれの場合、ストレスがたまると、なぜか家に帰るんですけどね。それでも、ストレスは家までついてくる。ここいらへんで、いい余暇のすごし方を考えないと、おれ、まずいな。
家に帰った優作さんはなにをするか?寝転がっているうちに頭のなかは仕事のことで満タンになり、とっさに電話に手をのばす。新しい映画の構想を話し合うために、夜中でも、スタッフに電話をかけまくるのだ。彼のストレスの犠牲になった人の悲鳴が聞こえてきそう!
洋服を買ったり、いいレストランですばらしい食事をすることに、彼は惜しげもなくお金を使う。
「このイッセイのジャケット気に入ってるんだ、きょうの撮影場所には合ってるでしょ」などと、リラックスしてみる。けれど、彼はそんなことにお金を費やしてもしょせんそれは仕事に関する間接費と割りきってしまう。自分の時間、お金の使い方に意味をつけているようでは、ほんとうの余暇ヘの道のりは遠い。優作さん、そこんとこ、奥さまに見習ってほしい。
そういえば、あの『フラッシュダンス』のジェニファー・ビールスって女の子、この夏来日したとき、男友だちを連れてきましたよね。彼女と同じエール大学にかようふたつ年上の男の子。おれはあのふたりの行く末に興味があるんだ。
別におじさん根性を起こしているわけでもなく、彼は、にんまりと笑う。
彼女がこれから女優を続けて、もしも彼女を軽く10倍くらい超えている男……たとえばジャック・ニコルソンみたいな男に出会ったら、どうなると思いますか?きっといまのボーイフレンドのことなんか、どうでもよくなってしまうと思いますね。そんなところがあると思う、あの娘(こ)には。
自分より何倍も優れたものを持つ人間への憧れ。彼はそれをよく知っている。すばらしい女性たちと出会いながら、一歩一歩、発展途上の道を歩いてきた彼にとっては、J・ビールスも、薬師丸ひろ子ちやんも、そして、一年に一回は共演したいという桃井かおりも、みんな、人生のジョギング仲間。
これから彼はなにをするつもりだろう?どんな映画をつくるつもりだろう?そんな問いを彼は笑ってはぐらかした。
これからやることを言えなんて、それじゃ、犯罪計画をばらせって言うようなものですよ。
33歲の男、ひと筋縄ではいかない。
かつてのダンマリ優作はどこへいったのか。彼は四時間半にわたって語り続けた。お酒と食事をゆったりと楽しみながら。サングラスをはずした彼の目には、いつもどこかに微笑があった。取材を終えると彼は、美由紀夫人の実家阿佐谷に向かって、車に乗り込む。
きょうは地元のお祭りがあるんでね。
ピリピリするような眼光の代わりに、包み込むような大きな手の温かさを感じた。
non・no○1983年10月5日号