【1983年8月】
インタビュー◉内海陽子
大きな看板が出ているはずと聞いたが、なかなか見つからない。六本木(東京)あたり。おかしいねえ、と言いつつ歩いていくと、あったあった、めざす看板。その下のあいそのない細い階段を下りてみたら、突然、シーン43が現れた。ひろ子くん演じる直美のお別れパーティだ。朝七時半の開始、もうすでに午後五時近い。監督はねばりにねばっているらしい。きょうのインタビューの相手、松田優作さんのゴキゲンはどうかなあと心配しつつようすをうかがう。休憩のときにあいさつをしたら「どうも、お元気ですか?」という言葉が返ってきた。昔、インタピューしたことを覚えていてくれた、うん、いけそうだとちょっぴり安心する。さて、本日分が無事終了、近くのステーキ屋でゆつくり話を聞くことになる。いざ。
———『探偵物語』への出演を決めたのはどういうことからですか。
松田 まあいろいろあるんですが……いくつかメリットがありましてね。クランクインする前に、すでに前売りが五万枚売れてるとかね。この二年ぐらい相当マイナーっぽかったんで、ここでひとつメジャーラインに乗せてみようとか。それから、若い層の観客というのが(ぼくには)なかったでしょ。そういう子たちに自分がどう受けとめられるのか、興味があったし。それとまあ、根岸吉太郎監督だしね。彼の映画『キャバレ—日記』が好きなんですよ。『遠雷』よりずっとよかったな。そういうことで(彼が監督なら)ぜひやってみたいって思ったんですよ。
———監督とはどのような話をなさいました?
松田 まず脚本(ホン)についてですね。それから薬師丸ひろ子ちゃんという、いわゆるスーパーアイドル的存在の女性をどういうふうに実体があるようにするのか、そこの問題をね。とにかく冗談にならないようにしたいね、と。こんどは少し大人の女の人をやってもらいたい。いままで相米慎二さんとか大林宣彦さんでやってきたニュアンスとはちがうものでないとまずいんじゃないかと。
———直美とはラストのほうでラブシーンがあるんですけど、あれはどうなるんでしょうか。
松田 ぼくとしては“やらない”という方針で向かっているんですけど、まだ流動的で。そのためには前のことを入れ替えたりしなくちゃならないし。
———けっこう、戦いなんですね。
松田 うーん、だからといって薬師丸ひろ子という稀有なアイドルを引きずりおろすようなことしちゃまずいしね。いきなりご飯食べたりするような、人っぽいところヘ連れてくるわけにいかないしね。それは少しずつ本人が今後の仕事の展開のなかで考えながらやっていけばいいことであって。そこらへんのバランスも大事だと思うんですよ。
———ところで、この映画のなかで“おじさん”と呼ばれることに抵抗はありませんか。
松田 その“おじさん”てことをね、ちゃんと表現するためには“おじさん”でなくちゃいけないでしょ。“おじさん”であることに対して若い女の子がどう思ってるかってことを逆算していかなくちゃいけないんだけど、そのヘんがまだちょっとあいまいでね。ただだらしないじや……ね。
———それにしても、優作さんもちょっと前までは若い男を蹴っとばしたり、男がらみがサマになってたけど、最近は若い女の子とのからみも板についてきて。やはり年輪ですね。
松田 かんべんしてくださいよ(笑)。なんとか、ちょっとしゃれたものができればいいなと思うんですけどね。『ローマの休日』みたいにいければいいんだけどなあ……。
———ひろ子ちゃんとはお茶飲んだりご飯食ベたりしましたか。
松田 うん、撮影に入る前に二、三度。
———どんな話するんですか。
松田 ボーイフレンドの話とかね。ぼくが尋ねて、しゃべってもらって、聞いてる。しっかりしてますよ。
———優作さんの前で意識したりすることはないのかな。
松田 うーん、どこが意識なのかわかんないですけどねえ。入ったころはずいぶん意識してたみたいだけど、最近は彼女のお尻さわったりなんかしてるし(笑)。とにかく、新しい薬師丸ひろ子の一面が出るんじゃないですか。今回は、まあせいぜい、ぼくは脇役に徹しますけどね。
いまは役づくりで頭を痛めている真っ最中というようす。それではここで『家族ゲーム』について聞いてみよう。なんたって二年ぶりの映画出演。まったくなまってないことを証明しただけではない、すごい演技なんだから。
———この号が出るころには『家族ゲーム』大ヒット中ということになってると思うんですが。
松田 ハッ(笑)。もう、うれしいですよ、バンバンザイですよ。まあ(森田芳光)監督の力ですね。
———共演の伊丹十三さんが優作さんのことを「まるでジョーズのような男だと思う」と言ってらっしゃいましたね、記者会見で。
松田 どういう意味なんでしょうねえ“ジョーズ”だなんて。わかんないですよ。
———優作さんがアイデアを出したのはどんなところですか。
松田 設定は一応脚本(ホン)としてあるんだけど、ニュアンスの問題でずいぶん……話し合いがありましたね。森田自身が書いたセリフなんかにしても、現場に入ってから硬いんじゃないかと思ったらしいんだけど、ぼくが実際にしゃベったらそうでもなかったとか。こうだったのがこうじゃなかった、こうじゃなかったんだけどこうだった、というのがずいぶんありましたよ。
———ハア……。
松田 ちょっと說明しにくいんだけど。要するにニュアンス、いままでやってきたものとかすでに引き出しにあるものでない、もつと别なもの、そのニュアンスだけつかめたなら、たとえどんなセリフが書かれてあってもいけるんじゃないかと。それをつかまえるまでが苦しかったですねえ。
———監督に失礼かもしれないけと、あの家庭教師が優作さんでなかったら……と思うとゾッとしますね、私なんか。
松田 いえいえ……。それはロケの最終日に森田も言ってましたよ。いま考えてみると、ちょっと怖いって。最初、オーディションでシロウトの子を見つけて吉本役をやらせようと考えてたらしいんですけど、それに決まってたらどうなってただろうと思うと、怖いなって。
———たとえば、優作さんが伊丹さんの手を握るシーンとか、こともに頰ずりするシーンとか、あれが単なるホモ的な男ってことになったらおもしろくもなんともない。
松田 そうですね、ぜんぜん。
———綱渡りみたいな味わいが出てますね。それから全体に奇妙な膜がかかっているみたい。
松田 スキンシップしないスキンシップっていうんですけどね。
———由紀さおりさんのおかあさんがうまい。
松田 最高ですよ、あの人。まんまですからあれが。よけいなことがない人ですね。もともと持ってるフワーッとした、浮いちゃうような性格の地がそのままはまったというか。ぼくなんかよけいなものを考えすぎちゃって。この年になってくるとだいたい頭のなかが固まってくるでしょ、演技以前のある部分がね。でもまだ空っぽのところがあると。その空っぽのものを引き出したらなんなのかってね……それが“ニュアンス”につながる。
———茂之役の宮川一朗太くんもおもしろい。絶妙のお相手という感じ。
松田 彼は全部、監督の言うとおりやってました。監督、芝居うまいんだよー。彼らのしゃべりロというのはほとんど監督の口真似。こどもたちに関しては森田にまかしてなにも不安がなかったね。
———やはり会心の作ということになりますか。
松田 現場はもう最高にのハイになったしねえ、気持ちよかったから。まあ、試写見てちょっと勘ちがいがあったなと思ったけどね。
———それはどういうような?
松田 根本的なまちがいとかそういうんじゃなくて、作品自体がもう少し先、行ってたなと。勘ちがいというよりむしろ“距離感”がちょっとちがったかなと……大したことじゃないんですけどね(と含み笑い)。
———撮影に入る前と終わってからとで、森田さんの印象は変わりましたか。
松田 むしろ惚れてる状態が進んだくらいですね。またやりたいですねえ。今回の『探偵物語』に出るって新聞なんかに出たでしょ、そしたら恋人とられたような気分だとか、浮気しないでくださいよ、とか言ってましたよ。
———森田さんとピタッと息が合ったというのは意外でしたけど。
松田 そうですか?素直ですからね、ぼくは。
個人的興味もあって『家族ゲーム』の話は尽きないのだが、テレビ出演その他についても聞いてみなければ。
———テレビの呼吸もだいぶ身についてきたようですね。
松田 テレビだからどうこうということよりも、ほんとに日常的な普通のことを相当やってこなかったんで、けっこうすげえライターがいるでしょ、それに驚いたね。『事件』というドラマ書かれた早坂暁さんとか、ぼくは『春が来た』というのをやったんですけど、向田邦子さんとか。あそこらへんから、ご飯食べたりとかそういうことをしっかりやってかなくつちや、みたいなことを考えましたね。
———いつもきびしいですね、ご自分に。
松田 いやいやいや(笑)、なにを言ってるんですか。食うことってのはね、エネルギーいることでしょう!?一日のなかでかなり重要な時間だしね。一日をきざむときに、きょうはなにがあったのかってことになると、あの人に会ったとか映画見たとか、ふだんなかったことのほうがドラマになるけど、実は一日一日、一食なら一食、三食なら三食必ず食べてるってことをどっか忘れてるでしょ。きょうはなにを食べようかなあと考えるだけでも相当なエネルギー使ってると思う。ほとんど性格が出てきたりね。
———食べ方と笑い方にその人の品性が出るとか言いますもんね。
松田 だから『家族ゲーム』には相当なエネルギーが出てると思うし……食べることに関しては。
———それがあの飲みっぷりのよさなんですね。ところで明日、森田さんと丸山昇一さんの対談があるんですよ。
松田 へえ、それは楽しみだね。丸山には一冊脚本書いてもらってるんですけどね。それをやるためにいま、奔走してるんですけど。
———それは……アクションじゃなくて?
松田 やりませんよ、ちょっとピストル重いですからね。内田裕也さんが前からやりたいなって思ってたドキュメントがあって、それを丸山に話して書いてもらったんですけどね。まあ正式に通ったらお話ししますけど。
———裕也さんは『十階のモスキート』の公開が決まってよかったですね。優作さんと映画での共演はないですよね。
松田 友情出演してもらったことはありますよ。『最も危険な遊戯』とか『ヨコハマBJブルース』とか。
———『嗚呼!おんなたち猥歌』といい『水のないプール』といい、貫禄ですね、彼も。
松田 すごい人ですよ。去年一年間のうち三分の一くらいいっしょにいましたからね。非常にいいつき合いですね。以前から知ってましたけど、こうやってひんぱんに会って話をするとか、ロックから映画からいろーんなことを含めてつき合うようになってから、まだ一、二年ですか。最近、そういうふうにして会った人で刺激になったと思うのは裕也さんと黒田征太郎さんですか、イラストレーターの。ふたりはいちばん好きですねえ、いま。
———吸収する優作さんのほうも貪欲だったんでしょうね、きっと。昔から勤勉なタイプ?
松田 まじめですよ。すごくまじめですよ。
さてオフレコ話も少々あり、ついで鈴木清順監督『陽炎座』の話が出てきた。
松田 『陽炎座』なんかね、公園だったのに砂場でしか遊べなかったという感じでね、ええ。ちょっとこう見りゃブランコがあったり、すベり台があったりするのに、砂場から出られなかったというか。結局、砂をつかんでサァーッと指のあいだから落とす作業ばかりやってた。すぐそこにブランコがあるのに、ほとんど気がつかなかった。みんな(大楠)道代ちゃんとか中村嘉葎雄さんとか、こう、しなやかにブランコに乗ってるのに。
———それはちよっと謙虚すぎるのでは。
松田 いやいや。
———いかにも気持ちのいい関係だったんでしょうね、清順さんとは。
松田 ええ、ぜひまたやらせていただきたい。
———一年に何本というのがちょうどいいのですか、映画をやるというのは。
松田 精神としてはね、半年かけて一本撮って、二年くらい楽に暮らせるんだったら一本だけでいいですよ。
———やはり少ないほうがいいですか。
松田 ええ、もちろん。で、半年かけて撮って、金もたくさんもらえて、つまんない映画だったら、やっぱりやりませんけどね。三週間なら三週間、与えられた時間で脚本(ホン)も凝縮してて現場も熱くなって、あらかじめ酔えるとわかったら安くてもやっちゃうんだろうけど。今回の『家族ゲーム』もそうですけどね、三週間ですから。
———ふーん……。まだまだこれからですね、優作さんも。
松田 これからですよ。
———楽しみですね。
松田 いやいや。
———ぐっと視野が開けてきたというか。
松田 むしろ、そのぶん怖くなってきたというかね。
今回は每日、ひろ子に会えるのがうれしいね、とにっこり笑った優作さん。ニッポン放送のインタビューで、こう言ったそうだ。「全国の薬師丸ひろ子ファンの男性諸君、薬師丸ひろ子はワタクシがいただきます!」そのままコピーに使えそうな名セリフ。残り一カ月の撮影期間を順調にこなして、新しいチャーミングなひろ子くんとともに、すてきなボディガード姿をスクリーンに見せてくれるにちがいない、きっと。
バラエティ○1983年8月号