松田優作は十二月一日に大阪入りし、鉄工場での切り返しの一ショットの撮影を終えるとすぐ帰京した。
十二月八日、UIPの試写室でマーチン・スコセッシ監督『最後の誘惑』を見た。
キリストが神の啓示を聞き、神の子として自ら様々な試練を受け、十字架にかけられるまでを描いていたが、十字架にかけられる時、心象風景としてキリストのベッド・シーンがあるというので、アメリカでは、上映反対運動まで起こったといういわくつきの作品だった。
だがマーチン・スコセッシは、きわ物としてではなくオーソドックスに描いていた。キリストをウィレム・デフォーが、キリストを裏切るユダをハーベイ・カイテルが演じてい
松田優作は満足そうだった。
「最後は見ていたらハイになっていたぜ。とくにハーベイ・カイテルは、一見地味だが、すごい」
彼はもちろん、俳優の視点で見ていたということもあっただろう。しかし、この作品は、キリストのベッド・シーンに対するスキャンダラスな前評判を超えて、バーバラ・ハーシー演ずるマグダラのマリアとキリストの愛情交換がよく理解出来るものだった。なにより、全体を覆っているのはスコセッシの篤い宗教心であった。とくにキリスト教と限定しなくても、魂を信じている者の共同無意識の地平があり、松田優作もそこに共感したのだろうか。
しかし、いま見たばかりの映画について話していても、行き着くのはやはり『ブラック・レイン』の撮影のことだった。
日本での撮影はすべて終了し、舞台はニューヨークに移ることになった。松田優作は十六日にニューヨークに向う予定になっていた。一月がニューヨーク、二月にロサンゼルス、そして、マイケル・ダグラスが次に主演するダニー・デビート監督『ローズ家の戦争』の撮影開始が迫っていたため、三月半ばまでになにがなんでも『ブラック・レイン』の撮影を終了しなければならなかった。
松田優作はアメリカ映画の仕事をすることに関して、前に会った時と微妙に二ュアンスが違っていた。
「俺は、つくづく自分が、これまでやってきたことの正しさ、村川と組んだこと、清順んと仕事をしたこと、森田との仕事、そして昨年から今年まで吉田喜重さん、深作さんとやってきたことがよかったことを再認識させられた。アメリカ映画といっても、なにも変わるものはない。役者としてやれるだけのことをやったとしても、それは俺が今までやってきたことの積み重ねをやっているだけなんだ。アメリカ映画だからといって、特別なことをするわけじゃない。なにも変わらない」
松田優作はアメリカ映画の最前線にいて、それなりの手ごたえを感じていた。しかしそれは、とくにアメリカ映画だからというわけではなかった。彼が日本映画の現場で感じたことと同様であり、それが日本だろうがアメリカだろうが同じという言葉になって出たようだった。しかし、具体的な違いをもっと聞きたかった。
それを彼は拒絶した。
「なにも違わないんだ。肝心なことというのは、俺は口じゃ說明できないんだ。それは、実際に、お前が現場で空気を吸ってみなけりゃだめだろう。ニューョークヘ来てみろよ」
この時点で、会話だけの段階は終わった。
その時、結論は出さなかったものの、ニューヨーク、というより松田優作の現場、彼が戦っている姿を見ずに、これ以上会話が成立することは難しかった。
「はたして、お前は、そこまで俺についてくることができるのか」
とも言っているようだった。
もし現場に行かなくても、彼と今しばらく関係を続けることは出来ただろうが、彼と付き合うということの意味を考えれば、大きな隙間があくのは分かりきっていた。彼は自分が冒険したり新しい試みをすることに勇敢だったが、相手にもそれを要求した。
しかしその時、私は彼が「なにも違わない」と言う意味を取り違えていた。アメリカ映画に、そしてその撮影システムに対する幻想があり、日本映画とアメリカ映画との根本的な差が目で見える部分にあると思ってそのことのみを追求しょうとしていたからである。
だが、松田優作が言おうとしていたのは、そうした目に見えるシステムとかスタイルの問題ではなかった。
もちろん、クランク・インした当初、こうした幻想は彼の中にもあったかもしれない。しかし松田優作は、リドリー・スコットとの仕事でも日本と変わることはなかったし、そのことを監督が認めたことで自信を深めた。
その一方で日本映画とアメリカ映画との差が目には見えない、しかも個人では到底解決出来ないもっと深いものであることも知った。
それは体験したものにしか分からないだろうと言っていたのである。
その日は、早めに別れ、松田優作は十二月十六日にアメリカヘ旅立って行った。
それから一週間ほどして、彼がニューヨークから帰ってきた時に、電話で、ニューヨークに行く旨を伝え、彼の一月の具体的なスケジュール、そして宿泊するホテルを教えてもらおうとした。
「二十九日に、俺の家で、いつもやっている忘年会があるから、そこに来てくれ。その時まで、全部調べておく」
十二月二十九日、この日初めて松田優作の家に行き、夫人にも初めて会った。
どちらかといえばこじんまりした忘年会を、なんとなく勝手に予想していたのだが、集まったのは百人を超え、松田優作が日本を代表するスターであることを、あらためて見せつけられた気がした。映画監督、プロデューサー、そしてスタッフが多く、九時半くらいに着いたときには場はすっかり盛り上がっていた。
しかし松田優作は、風邪気味で点滴を打ったということで、調子が悪そうだった。
彼はホスト役として部屋から部屋へ回っていたが、隣に来た時、それは嬉しそう顔をしてニューョーク・ロケの話をした。
「むこうのキャンピングカーは、すごいぜ。トレーラーになっているのだが、ダブルベッド、シャワー、簡単な応接セット、当然電話もあるし、キッチンもあって料理も出来る。なぜ、ダブルベッドか分かるか。恋人とか奥さんが来た時のためだというから驚くけど、そこまでフォローし、俳優に仕事以外は余計なことで散漫にならないように、きちんとしてくれているんだな。カメラの前から離れても、日本映画の時のように日常に戻るのではなく、役のテンションを持続できる。そういうことでは、本当にすごい。大リーガーという気がするぜ。
しかも、撮影に臨む時の気持ちが、日本とは全然違うんだな。日本だと、テスト、カメラ・テスト、本番、という具合に演技の緊張を、フィルムを回す時に一気に爆発させるようにしなければならなくなっている。だけどむこうでは、そうしたやり方が通用しないんだ。最初からどんどんフィルムを回していることもあるけれども、テストだからといって手抜きすることはできない。つねにグレードを高くもっていないとだめなんだな。
短期決戦ではなく、あるレベルを一定に保ちながら、なおかつ自由にならなければならない。だから、逆にいつも精神をリラックスさせておかなければ、撮影に臨めない。スタッフ同士でバカなジョークを言い合うのも、それぞれの肩にかかる重さがあるからこそなんだ。俺だって、スタッフと軽口をたたきながらも、その重さ、これは相当なものだぜ。
日本映画となにが違うといっても、技術も人も同じ。なにも変わらない。だけど、細かいことにいたるまで、映画への尊敬の心、誇りに思う心が全然違うんだ。とはいえ、俺がニューヨークに来たからといって気負ったことはなにもない。しかし、あらためてアメリカ人ばかりの中で、よく見てみると、日本にいた時は、アメリカの俳優は端役にいたるまで芝居がうまいなんて錯覚していたけど、やっぱり、どの国にいっても下手な奴は下手。どうしようもない奴はどこにでもいるし、それは全然変わらないのでおかしかったな」
彼は、一月六日にニューョークに発つこと、下旬くらいに日本に戻ってくることを言って、宿泊しているパーカー・メレディアン・ホテルの住所と電話を教えてくれた。
十二時を過ぎて、『Aサインデイズ」のスタジ オ撮影を終えた監督の崔洋一と主演の石橋凌が掛けつけた。だが、それからしばらくして、松田優作は自室に引き上げてしまった。
年が明けた三日に電話をした。
「あの時は、途中で引き上げてすまなかった。風邪がひどくて、熱が四十度も出ていて、今は薬でなんとか下がっている。アメリカに行く時までには、直しておくがな」
ニューヨークで会おうと言って電話を切ったが、彼は風邪ではなかった。子供ならいざ知らず、大人で四十度の熱というのは尋常ではなかった。しかし、それが彼を蝕んでいた癌からきたものであると言えるのは、今だからである。
その時には、彼も癌かも知れないとはうすうす感じていたかもしれないが、病状がそれほど深刻なものとは思っていなかっただろう。
彼は以前、自分の体について語ったことがある。松田優作はアクションスターであり、肉体的には完璧だと思っていたところ、そうではなかったので驚いたことがある。
「実は俺には腎臓が一つしかないんだ。二つあるんだが、一つは石化していて、本当に黒い石のようになっているんだな。それは、時に癌になりやすいということで、一時、俺も癌じゃないかなと思った。カミさんにしても、それで泣いてしまったこともあったんだ。ところが、医者が言うには奇跡に近いらしく、単に石のような状態になっているだけで、癌どころかなんの支障もないんだ」
彼の死に際して、「死を覚悟して『ブラック・レイン』に出演した」と、かなりの新聞で報道されていたが、それは間違っている。もちろん自分が世界でも通用するかどうか。この作品に賭けていたから、その意味では命がけだった。しかし、それは『家族ゲーム』の時でも、『ア・ホーマンス』の時でも、彼が映画に取り組む姿勢と同様だった。
そして、日本の時と同様に、自らの映画に対する姿勢がそのままアメリカ映画にでも通用したことで、『ブラック・レイン』の撮影を終えた時、得た自信は大きかった。
彼の場合、たんに国際俳優にのぼりつめるということではなかったはずである。
彼の念頭にあったのは、日本映画のことだった。自分の企画は一本も通らない。丸山昇一との共同作業で十年の間に十本の脚本を作りながら、一度も映画にならないという現実が、松田優作というスターの前にも横たわっていた。彼の考えている作品は地味だと映画製作会社に敬遠されていたのだった。
『ブラック・レイン』の成功によって、そうした企画が日本でも通りやすくなるであろうことに対して彼はなにより喜んだ。
そして、病に関してはさして深刻になることもなく、松田優作は再びニューヨークに旅立っていった。
一月十五日、彼を追う形でニューヨークにむかい、一月十六日、松田優作にとってニューヨーク・ロケの最後の日だったが、撮影の現場の様子を見ることになった。
次に、その実際の現場をレポートしてみよう。
14ストリート、9アベニュー。巨大な肉を運ぶ大型トラックが、まだ暗い中を行きつ戻りつしている。ここは肉を中心とした食料市場である。映画撮影にもよく使用され、『ゴッドファーザーPART2』『フラッシュ・ダンス』『危険な情事』などのロケ地にも選ばれている。
その一角、ハドソン川に面して精肉工場があり、それが今日の現場である。
午前六時、ようやく明るくなりかけた中に、主演クラスの俳優、プロデューサーが使用するキャンピングカーが七、八台、トラックも同様、電源車一台、それに数多くの乗用車。そして、男たちが、タバコを吸い、新聞を読み、談笑している。
早速、松田優作のキャンピングカーに入る。中はかなり広く、応接セットに台所、トイレ、シャワー室、ダブルのベッド・ルーム、そして携帯用の電話も備えられている。
「グッド・モーニング!」
松田優作づきのプロダクション・アシスタントでスタイル抜群の黒人女性ローニー・プールが、コーヒーをどうかと訪ねてきた。彼女は、食事や飲み物の世話をはじめ、現場で松田優作を必要とする時に、彼に連絡して現場に送り込む役割であり、連絡用イヤホンとマイクをかけている。
次いで、アソシエート・プロデューサーのアラン・プールが入ってくる。
このアランの日本語は相当なもので、松田優作と英語での掛け合い、それと日本語もチャンポンにしての冗談のやりあいを早速始めた。しかし、アランに連絡が入る。監督が呼んでいるとのことで、二人で出て行く。それから十分ほどして松田優作がひとりで戻ってくると、声をかけた。
「さあ、行こうか!」
厚いビニールで仕切られている精肉工場の入口から中に入ると、防寒服に身を固めた撮影部は、カメラの点検、あるいは、移動のためのレールを敷く作業を、照明部は、機材の準備、壁に蛍光灯の取付作業をしている。
そこを通り過ぎ、今日のメイン舞台である部屋に入る。そこはいたるところに肉の入ったダンボール箱が積み重ねられ、部屋の中央には、巨大な肉の塊がフックに吊り下げられていた。それが滑車によって、グルグル動き回るようになっている。肉の塊は、全部で四、五十はあるだろうか。
今日の撮影は、シーン26。レストランで殺人を犯した松田優作がこの精肉工場に逃げ込み、マイケル・ダグラス演じる刑事が追って、中に入り込むものの、ダンボール箱の影に潜んでいた松田優作に襲われ、格闘になる。その最中、アンディ・ガルシア演じる同僚刑事が駆けつけ、松田を逮捕するというシーンである。
ここに集まったのは、最も難しい格闘のシーンの振り付けの打ち合わせのためだった。
すでに、スタント・コーディネーター、日本では殺陣(たて)師にあたるボビー・バスが、マイケル・ダグラスのスタント、マイケル・G・ランヤードと、松田優作のスタントに対して、かなり入念に立ち回りを指導していた。
やがて、監督のリドリー・スコット、プロデューサーのシェリー・ランシング、やや遅れてマイケル・ダグラス、そのあとに『ダイ・ハード』の撮影監督であったジャン・デボンもやってくる。
メンバーが揃ったところで、もう一度、ボビーが格闘の全体の流れをスタントを使いながら說明し、時には自分も演じてみせる。
リドリー・スコットがそれを見て、
「マイケルが締め上げられた時の表情は、こうはっきり見せた方がいいな(実際に、目が吊り上がったような表情を作って見せる)。この格闘シーンの撮影は、二台のカメラを手持ちにしてやってみる」
これに対して、シェリー・ランシングとマイケル・ダグラスがロを挾む。
「この格闘シーンは、アクションの面白さよりも、リアリティを大事にしたい」
シェリー・ランシングは、しきりにリドリー・スコットに話しかけ、ちょっとでも自分に分からない部分があれば、そのアクションの意味などを問いただしている。
リドリー・スコットは、シェリー・ランシングが覆いかぶさるようにまくしたてるのに対して半身になり、目をやや落とし気味ににこやかに聞いている。
この時、マイケル・ダグラスのスタントが、マイケルの意見に「いくらリアルであるとはいえ、アクションだから、その流れを重視しなければ」ということで反論し、二人の言い合いにボビーも加わる。
今度は松田優作。
「アクションのシーンに関しては、今の動きで十分だろうが、動きに入る前、つまり襲いかかる前に、奇妙な間というものがあったほうが、あとのアクションが生きるのではないだろうか。その間、なにか変な感じがほしい」
アランはこれを苦労して翻訳しようとするが、ニュアンスを相手に伝えるのが難しい。また、これをめぐって、マイケル、シェリー等が口を出して、また討論。
部屋の温度が低いものだから、それぞれの口から吐き出される息が白くなっている。
リドリーがアイデアを出す。
「最初、佐藤(松田優作の役)が、マイケルに気がつくのは、口から吐く息が白くなるからだが、隱れている佐藤は、手で息を押えている」
ボビーが、またそれを元にアクションを考え、再びスタントによって動きが繰り返される。しかし、ここでは松田優作の論点がいささかずれてきた感じである。
再びマイケルがナイフを切りつけるショットに注文をつける。
「この時、佐藤が銃を取り上げる。そして、こちらに向かって撃つ。空撃ちになっているところを知って、再び僕が反撃する」
「なかなか、いいアイデアだ!」
ボビーが応じ、それで実際にマイケル・ダグラス、松田優作も入って動きを確かめる。
だが、マイケル・ダグラスは、話すだけ話すと、さっさと引き上げる。シェリー・ランシングも、リドリー・スコットと撮影スケジュールの打ち合わせを話したあと、彼を抱き寄せ、頰にキスをしてからマイケルと一緒に出てゆく。
しかし、まだ納得できない松田優作は、アラン、ボビー、二人のスタントと共に残り、ボビーになんとか納得させようとする。
「つまり、武士が闘うときの気合というのだろう。襲いかかろうとする佐藤と、捕まえようとする刑事との関係は、東洋と西洋の違いをも現しているわけだ。そのニュアンスを、待ちかまえている少しの間でも、出したい」
アランは、具体例を出しながら說明、松田優作自身も実際にやってみせ、ようやくボビーも、納得出来たようだった。
いよいよ最初のカット。精肉工場に入り込んだ松田優作を追って、マイケル・ダグラスが銃を構えながら追うカットの撮影が始まる。
カメラによって映し出される壁には、天井から床まで長い蛍光灯が縱に、二メートルおきに並ベられている。そして、部屋を対角線に横切るかのようにかなり長い移動レールが敷かれ、大きなパナフレックスのカメラが移動車に乗せられている。
移動車には『ソフィーの選択』のチーフ・オペレーターだった巨漢のクレイグ・ハーゲンセンと、フォーカス・プラー(フォーカスを送る係)の二人のみが乗っていて、リドリー・スコットと、入念な打ち合わせをしている。リドリーはまた、松田優作、マイケル・ダグラスと動きのチェック。
敷かれたレールの傍らには、ビデォが二台。それをリドリー・スコットとシェリー・ランシングが談笑しながら見ている。そのうちに準備が整った、だろうか。
だろうかというのは、どうも現場に日本で感じられるような緊張感がほとんとないからである。なぜか、皆勝手にしゃベったり、ワイワイやっている。
「ヒア・ウイ・ゴー(さあ、行こうか)」
「お静かに!」
と、全員に声をかけるのは『ミシシッピー・バーニング』のチーフ助監督も務めたウオードリック・ラオーリ・ポーター。サモア人の彼は、典型的なインテリのべビー・フェイスだが体は大きく、おまけに声もひと一倍大きい。
「これはリハーサル」
監督のリドリー・スコットは、ビデオを悠然と見ているだけ。そのまわりには何人も集まって、注視している。
「レディ」
「ローリング」
リハーサルといえども確実に回っている。
この時、入口にいた二人、白い作業服とヘルメットを被った従業員が、シューッと大きな音と共に、スモークのホースを床に向けて発射し始める。それに合わせるように奥の従業員もスモークを流し始める。
そして助監督がカチンコを打つ。と言っても日本でのように、特殊技術が要求される片手打ち、しかも白墨という細かい気配りが要求される助監督とは異なり、大きなプラスチックの板——これに『ブラック・レイン』監督リドリー・スコット、撮影監督ジャン・デ・ボン、あとはシーン・ナンバー、カット・ナンバー、トラック・ナンバーがマジックで書かれてあるーを持って、カメラ前に立つと、
「シーン26、カット1、トラック1」
と叫び、体を引く。
「アクション!」
こうしたかけ声をはじめ、現場はすべてウォードリックによって仕切られている。
黒いコートを着た松田優作が早足で駆け抜ける。続いて、マイケル・ダグラスが従業員を押し退けるようにして、銃を構え、入ってくる。それに合わせて、移動車が早いスピードでマイケル・ダグラスを追う。線路に沿って、録音助手が長い棒につけたマイクを持って走る。
マイケルは奥で作業している男に、松田優作がどこに行ったのかを聞いて、銃を構えながら下手に入っていくところでカット。リドリー・スコットは、すぐにマイケル・ダグラスのところに行って、今の演技について注文と要求。
「入ってきた時には、大声で従業員を押し退け、突き進むのがいいのではないか」
撮影監督のジャン・デ・ボンは、この時、スモークを散らすエキストラをしていたが、すぐにビデオで撮影のチェックをし、オペレーターのクレイグ・ハーゲンセンに伝える。
だが、クレイグは、移動がうまくいかないという問題が起こると、撮影監督抜きでも、リドリー・スコットと話し合う。
何度かテイクを重ねるうちに、床がスモークで異様な雰囲気となっているのに気がつく。このスモーク、そして壁の青白い蛍光灯となれば、まさにリドリー・スコットの世界。
四回目くらいだろうか、リドリーがマイケルの芝居が終わったところで、
「ファイン!ベリー・グッド!」
とマイケルにかけよる。ようやくOKが出たのかというと、そうではない。どうもマイケルの動きになにか注文というか、こうした方が面白いと言っているようだった。
これは、その後もそうで、「0K!」「グッド!」「ファイン!」と、リドリーが言う時は必ず撮り直し。
と思うといきなり、
「ジョディ!」
ジョディ・アーリックはセカンドの助監督。黒い髪で、小柄ながらも、怖いものなしの特攻隊といった感じの女性である。現場と、外のキャンピングカー控え室との連絡、あるいは現場に入っては、監督の近くで注文を受け、各パートに細かく指示する。
どんな大事な用かと思いきや、リドリー、
「ティー、シュガー、ウィズ・ノー・ミルク」
で、自分だけティーを悠々と飲みながら、マイケルに演技について話しかける。
そして、六、七回もやっただろうか。スモークの状態もよくなると、本当にOKになつた。
最初のカットを終了すると、続いて、松田優作が肉が吊り下げられている部屋に入り込むのを、手前からフィックスでとるカット。スタッフはカメラ後ろに固まる。
強烈なバック・ライトに照らされ、吊り下げられた肉がグルグル回り、松田優作が中に入り込んでいる。床からはスモーク。
リドリー——
「スモークは、下から、ジワッと漂ってくるように!」
しかし、スモークのホースの調子が悪く、テストが何度か行われる。が、ちょっとした拍子に強烈に吹き出し、傍で見ていたリドリー・スコットの服にスモークの水滴がかかってびっしょぬれになり、思わず苦笑い。
「オーッ!」
まわりのスタッフは大喜び。
これで撮影再開となるが、何度もテイクを繰り返すうちに、奇妙に映像の雰囲気が鮮明になってくる。もちろんテストだから、フィルムはすべてキープ。
精肉工場に逃げ込むだけのショットなのに、撮影している現場がどこか異次元のような錯覚に陥る。
その青白い光り。床から常に漂うスモーク。そして、サイドからの蛍光灯のライトが、照明としての役割のみならず、美術の装置としても効果的である。
松田優作は、OKが出ると、アランと共にキャンピングカーに戻って行った。
一方、リドリー・スコットは、小道具係にしきりに指示している。
「床に、血を撒こう。それで、片方の列の肉にビニールを被せ、ビニールの底に血が溜っているようにする。それで少し穴をあけて、血が流れるようにさせてみよう」
年配の小道具係と若い長髪の助手はその準備に忙しくなる。
どんなものでも梱包して作品にする現代芸術のクリスト作品のように、巨大な肉がビ二ールで梱包され、底に血が溜り、それが十個以上も並んでいると不思議な世界になる。
照明部は、新たに蛍光灯を広い壁に取りつけはじめる。このリドリー・スコットのどの作品でも印象的な照明だが、壁に蛍光灯が十本くらい。そして、もともと工場に設置してある天井からの百五十ワットの白熱球をそのまま利用し、一・五メートルおきに前後左右並ベてある。また、奥からは、十キロライトが二台。その前に、長い蛍光灯が縦に一メートル間隔で四台立てられている。
基本的にはこれがすべてで、それ以外にはHMI(近年開発された強力なライト。アーク・ライトよりも消費電力が少なく、軽量で操作が簡単)が三、四本のみ。
そのスポットによる光の切れ、漏れを工夫し、さらにパラフィンや金網を入れて光質を変えているのだろうが、意外にシンプルなライティングである。
そのためか、いったん準備されれば、照明転換にはさほど時間をとられない。
撮影監督のジャン・デ・ボンは自ら光の漏れ、スポットの位置を指示し、あるいは自分でライティングをやってしまう。
また、以後のカットがすベて手持ち撮影になるため、ジャンは、その打ち合わせをする。さらに計測、時には自らカメラを覗き、再び松田優作が戻ってきたところで動きのリハーサル。
「スモーク!」
リドリーが叫ぶ。とにかく、いつでもリドリー・スコットにとっては、スモーク。
さらにビニールで包まれた肉がユラユラ揺れるとき血の量が多い方が效果的なので、小道具係がジョウロを持って血をつぎたす。
しかし、撮影にいささかの問題があったようで、撮影監督とオペレーターが打ち合わせる。
そうした準備の間、リドリー・スコット、なにを思ったのか、肉を包んでいたビ二ール袋を手にとってピンと伸ばしたり、縮めたり。
そのうちにこのアイデアが気にいったのか、ビニールを隣にいたアラン・プールに被せ、首を締める。驚くアランだが、相手が監督ではただやられるしかない。その被害はジョディをはじめ撮影に近づくスタッフすべてに及ぶ。
どうやら松田優作がマイケル・ダグラスに襲いかかる時、ビニールの袋を被せて首を締めた方が效果的ということのようである。
何人もの犠牲者を出したのち、リドリーは殺陣のボビーを呼び、彼をも血祭りに上げ、そのアイデアを話す。当然、ボビーも乗る。
「どうだろう。ボビー、これで後のアクションを考えてくれないだろうか!」
ここで、撮影再開。肉の揺れが奇妙な雰囲気を作り出し、床の血溜りから沸き上がるスモークとともに松田優作が消える。そのテイクが何度か続いて、ようやくOK。
ここで、昼休み一時間。一時半から午後の撮影となる。
昼食後は、マイケル・ダグラスの単独撮影のため、松田優作はしばし休憩。
この撮影も時間がかかり、今日の山場である松田優作とマイケル・ダグラスの格闘撮影がはじまったのは四時近くなっていた。
最初のカットは、マイケルが銃を構え、あたりを見回しながら進んでゆき、左、つまりカメラの正面を向いた瞬間、松田優作がビニールを持って襲いかかり、頭にすっぽり被せて振り回し、肉の入ったダンボールに叩きつけるというものである。
ボビーは、その後のカットを說明するため、自ら松田優作の役でマイケルのスタントとアクション。ビニールを被せられたマイケルに松田優作が切りかかり、再び襲う場面を連続して演じてみせた。
マイケル・ダグラス——
「そこでは、ワン・アクションがあった方がいい。つまり切り上げられた瞬間、反撃として蹴り上げ、佐藤が再び切りかかり、あとは朝の打ち合わせと同じではどうだろう」
ボビー、リドリー・スコット共に賛成し、マイケルの言うアクションになる。
また、リドリーは松田優作に、アクションに移るまでの“妙な間”についてはビニールという小道具を用いることによって表現できるということを說明し、それには松田優作も納得したようだった。
このころシェリー・ランシングが、顔を出す。朝の打ち合わせと違う具合になっているので、リドリー・スコットに食い下がって聞いている。
彼女は五時近くなってもカメラが回らないことで焦っているようだが、リドリーは、気にした様子も見せずにこのアクション撮影がはじめられる。
またもやスモークが漂い、その中をマイケル・ダグラスがジリジリと進む。
このあたりからのアクション・カットから、松田優作が次第にその本領を発揮しはじめる。
アクションのマスター・カットを撮ったあとは、襲いかかる松田優作のみのバスト・カット。
それを終えると、ビニールを被せられたマイケル・ダグラスが振り回され、その間、弾丸を二発発射。ダンボールの箱にぶつけられ、いったん離れたあと、松田優作にナイフで頰を切り上げられるアクション・カットである。
これはスタントのマイケル・G・ランヤードが、マイケル・ダグラスの代わりにやることになる。
ここでの動きがAカメラのオペレーター、クレイグには、納得出来ないところがあったらしい。すると、リドリー・スコットが自ら肩に担ぎ、カメラの動きを俳優に合わせながら、どう移動していくか見せる。
また、Bカメラのオペレーターに対しても、リドリーはポジションを指示する。
一方、シェリー・ランシングは助監督のウォードリックに撮影終了予定時刻を聞いているが、ウォードリックが彼女の期待するような返事を出さなかったためか、リドリー・スコットの横にくると、なにかひと言ふた言。
時刻はすでに七時を回り、撮影が緊迫していることはひしひしと感じられるが、スタッフの中には恋人が訪ねてきた者もいて、キスし合ったり、あるいはピザが運ばれてくると錄音助手が技師はおろか監督さえ無視してパクつきはじめる。
最後に登場するアンディ・ガルシアがベレー帽姿で現場を覗きに来た。
シェリー・ランシングはビデオを見ながら「ファイン、グッド!」と叫ぶが、リドリー・スコットはなかなかOKを出さない。
最後に誰もがこれで0Kと感じ、リドリー自身もそう言ったが、撮影監督のジャンと相談すると、ひと言。
「60ミリから50ミリのレンズに変えてやってみよう」
つまり、焦点深度を浅くして、多少、広い範囲を写そうというのだろうか。
それで、やっと夕食かと思いきや、
「十分休憩。夕食は適宜」
とウォードリック。
もちろん通常の撮影では、夕食の時間は一時間とるのが普通だが、この日の撮影は、このままでは撮影終了時刻が遅くなり残業代がどんどん高くなる。それよりも夕食時間をとらず、その代わりのペナルティを払ってでも、撮影を早く終わらせた方が結果として出費が少なくなるという、プロデューサーのシェリー・ランシングの判断によるものだった。
スタッフはそのまま現場に残り、松田優作もいったんキャンピングカーに戻ったものの、十分休む間もなく呼び出され、マイケル・ダグラスに蹴られた顔の表情のアップから撮影 が再開される。
さらに、銃を発射する手と銃のアップ。
シェリー・ランシングは現場と製作の指令塔である自分のキャンピングカーを行き来し、さかんにリドリーに話しかけているが、その頻度がだんだん激しくなってくる。
時刻は八時を過ぎていた。
つまり、シェリー・ランシングの問題はこうである。
今日中に、このシーン26を撮り終えなければならない。しかも、すでに残業時間に入り、これから先は時間が延びるにしたがってユニオンとの協定で人件費が上がる。それでいて、何時に終わるというメドさえたっていない。
結局、シェリーが最終的にリドリー・スコットに言ったことは、こうだった。
「あとのアクションは短かくしてほしい。十二時までならパラマウントもその残業代を持つが、それ以降は保証しない」
リドリー・スコットは、ボビーを呼ぶと、アクションを考えなおすように言う。
マイケル・ダグラスは微妙な立場に置かれているようである。製作サイドでも大きな位置を占めている彼としてはシェリー・ランシングの相談役にならなければならず、彼女もリドリー・スコットだけではらちがあかないとなると、マイケルとなにやら相談。
その間にも、細かいカットが次々に撮られ、ようやくこの日では最後の大きなアクション・カットをボビーが說明する。
マイケルにかすり傷を負わせた松田優作が再び切りつけると、マイケルはそれを腕に挾み込み、後ろに回って首を締める。そして、そのまま肉のつまったダンボール箱の上に、自分が下になって倒れ込むというものである。
松田優作がアイデアを出す。
「向かい合っていた時に、一回転して位置をずらしていった方があとのアクションも自然だろう」
これは、すぐ採用。リドリー・スコットは、動きの激しいこのカットをどう撮るかの検討に入り、Aカメラは二人の全体のカットからマイケルを中心に写し、Bカメラは松田優作を中心にと、カメラの動きをオペレーターに指示している。
こうした撮影の様子を見ているうちに、リドリー・スコットの狙いが少しずつではあるが、分かるようになってきた。仮に一回で0Kになったところで、この監督は次のカットには進まない。俳優やプロデューサーの言い分を聞きつつ、テイクを重ねるにつれ少しずつ変え、結局は自分のものにしてしまう。
決して争ったり、怒ることもなければ、感情を剝き出しにすることもない。終始“ミルク抜きティー”を口に運びながら、笑みを絶やさず、静かに、俳優たちの演技が熟してくるのを待っている。
それでも、これまでは助監督のウォードリックに「アクション!」のかけ声を任せていたが、夕食後は監督自ら声を出すようになってきた。
比較的長いこのカットの撮影では、テイクを重ねるにつれ痺れを切らせてきたシェリー・ランシングが、盛んに「ファイン、グッド!」を連発するが、難しいショットで、またスモークの調子もあり、OKにならない。
それでも十回目くらいだっただろうか。リドリー・スコットも「OK」で、次に移ろうとし、シェリー・ランシングもすっかりその気になった時、肉の入ったダンボール箱にチョコンと腰をかけた撮影監督のジャン・デ・ボンが、表情を変えずに、
「だめだ、もう一度」
リドリー・スコットは理由も聞かずにすぐ納得し、再テイクを要求する。
だが、収まらないのはプロデューサー。
「いったい、今のどこがおかしいのよ。監督だってOKしているでしょう」
ビデオを注視していたジャン、シェリーの顔は見ず、無表情に、
「ノー!画面が揺れている」
さらに、もう一度のテイクでようやく完璧にOKになる。
しかし、これだけ緊迫している状況だというのに、スタッフは全体が、熱気で燃えているというものでもない。
先刻まで戦争のように忙しく動いていた小道具係は、腕を広げ、仲間相手にジョーク合戦。そればかりか、ウォードリックが「レディ」「クワィエット・プリーズ」と言ってもなかなか静まらない時さえある。
Bカメラのオペレーターも自分の役目が終わると、さっさとカメラをダンボール箱の上においてタバコをくゆらせ、フォーカス・プラーの大男と談笑している。
だが別の視点でみると、彼らスタッフはほとんど一日中この冷蔵庫ともいうベき部屋にこもりっ放しなのである。たまに外に出ても、ニューヨークの冬の寒さは尋常ではない。にもかかわらず、彼らの意気のボルテージというのだろうか、その雰囲気、みなぎるエネルギーは朝とほとんど変わっていない。
しかも、彼らスタッフは、監督、プロデューサーの要求に応えられなければ、即、現場を去らねばならないという厳しさである。
ようやく満を持して、アンディ・ガルシアが登場する。
「ニック(マイケルの役)!どこだ!」
と叫びながら駆けつけ、松田優作に銃を向けるというもので、これまた二台のカメラで撮ることになる。
そろそろ時刻は十二時。シェリー・ランシングはさかんに時計を気にするし、なにかにつけてマイケルと密談。そして、リドリー・スコットの傍に行ってはひと言。
だが、リドリーの粘りは続いた。
この引きのカットのあと、二台のカメラがそれぞれアップを違う角度で撮り、アンデイ・ガルシアが松田優作に銃を突きつけ、叩き起こすのだが、その先について、
「佐藤に続いて、マイケルがゆっくり起き上がる。ところが、その前に立たされた佐藤は後ろのマイケルの腹に肘打ちを食わせる。その瞬間、アンディが佐藤を蹴り上げる。完全に捕縛したあと、駆けつけてきた警官に渡す」
とアイデアを出す。
殺陣のボビーが入り、アンディ・ガルシアと松田優作がその振りをやってみるが、松田優作は、
「腹じゃなく、急所に入るとこうだぜ!」
と飛び上がる真似。アンディは大笑い。微笑むリドリー。無言のシェリー・ランシング。そして、松田優作とアンディ・ガルシアの下敷きになり、立ち上がるや、みぞおちに肘打ちをくらうなど、さんざんな役目でうんざり気味のマイケル。
最初は、こんなアクションなど予定はしていなかったものの、どんどん膨らんでいく。
結局、最後は、マイケル・ダグラスの視点で、警官たちに引きずられて去る松田優作のショットになったが、すでに十二時。警官の衣装を着けたままえんえんと待ち続けてきたエキストラも、この時、やっとのことで参加。
十七時間にわたった撮影は、こうして終わり、ウィードリックが明日の予定を告げた。
「明日の集合は十一時」
パートごと勝手に現場を離れるが、松田優作とアランの後ろにしたがって、キャンピングカーに戻ると、アランが総括した。
「今日は、残業代だけで五万ドル(六百五十万円)。これ以上延びたら確実に七万ドルは出ただろうね。それでシェリー・ランシングは焦り、リドリー・スコットを十二時までに終わらせるということで納得した。本当はカットしたくなかったろうけど、パラマウントが払わないというのでやむを得なかったのだろう」
松田優作のニューヨーク・ロケはこの日が実質的に最後で、次のロサンゼルスでの撮影まで、いったん日本に戻ることになった。
当初、松田優作は一月十八日に帰国する予定だった。
私は二十一日に東京に戻って、その翌日に電話をいれたが、彼は戻っておらず、二十三日にニューヨークから帰ってくるとのことだった。
二十四日、彼は自宅にいた。
「十八日に、日本に戻るということで、バッグに帰り支度をしていたら、急遽、リテイクの部分が出るかもしれないということでストップを食ってしまった。で、ラッシュを見て、確認がとれて、ようやく帰国になったんだ」
今度はロサンゼルスでの撮影が始まるので、二十八日に出発すると彼は言った。
その後の電話で、ロサンゼルスの撮影が終わるとナパバレーの撮影まで多少時間があるから、その時に会おうということになった。
私はニューヨークでの宿題のような形でレポートを書いている旨を話し、それを『プラック・レイン』の公開にあたって雑誌に掲載し、また彼のインタビューも含め誌上の展開を戦略的に考えようということを相談した。
彼は二十八日に出発し、二月十五日にいったん帰国した。
レポートは四百字詰原稿用紙百枚ばかりにまとめ、それを彼の自宅に送っておいたが、彼がロサンゼルスの撮影を終え、帰国して、しばらくして電話を入れた。
「だめだね」
彼は簡単にそう言った。理由もなにもなかった。電話は早々と切ったが、腹が立って仕方がなかった。こちらにしてもニューヨークに行くには相当の犠牲を払っている。その人の気も知らないでとまた腹が立ってきた。
あまり腹が立ったので、翌日また電話をした。
「会おうか」
なにもなかったかのような彼の言葉。こちらも腹を据えて、十八日に吉祥寺で会うことになった。
それまで松田優作と会う時は単独ということはなく、必ず彼が演技などを教えている若い俳優が付いていたのだが、この時は彼だけだった。東急インで会ったのだが、電話でのぶっきら棒な様子とは異なり、またいつものように人なつっこい笑顔でこちらを迎えた。
しかし、どこが気にいらないかをはっきり問おうと思っていた。それで松田優作とは最後になっても仕方がないと思っていた。少なくとも、これまでものを書くことに携わり、それなりの実績を作っているという自尊心はあったからである。
しかし、それを問う前に、「あの原稿は、家のカミさんがいたく気にいって、感動していた」
それで、終わりだった。
カミさんと彼が言う美由紀夫人は、不思議な存在だった。結婚するまで新進のスターだったのだが、松田優作と結婚して家庭に入り、子供を三人産み、育てた。
彼女は、初めての相手に対してもまるで何年もの友人であるかのように話せる稀有の女性だった。松田優作も相手に対して無防備だったが、彼女はそれに輪をかけて無防備だった。
松田優作と連絡をとるために電話を入れる時の会話だけで、会ったこともないのに親しくうちとけて話せた。そのことをよく彼に言った。
「一度も会ったことがないのに、まったく普通に話せるので驚きましたよ。最初、松田優作の奥さん、しかも一時はスターだった女性というので緊張していたのですが、ぜんぜん 違うので、調子が狂って」
「あいつは、俺がなにをやってもかなわないんだ。とにかく、本当、ぶっ飛んでるんだ」
「優作さんは、電話では愛想が悪い時も多いけど、奥さんには、そのぶん助けられていますね。しかし、優作さんがかなわないというのは、相当なものですね」
「いや、お前くらい、しつこく電話してくる奴はいないからだ」
彼は女性雑誌のインタビューでも、家庭が、“安らぎの場”ではないことを、半ば冗談のように語っていたが、夫人といちばん肝心なところで結びついていたことは、彼女が松田優作に対して、
「あなたには何かが欠けている気がする、(子供と手をつないで公園に行く父親を望んでいるわけではないけれど)心の中に生活全部をふやすことはできないの、子供たちと私をふやすことはできないのと言ったことがあります。家庭全部を愛することができ、なおかつ仕事もプロに徹してめちゃくちゃにできる(のは、レベルの低い男には出来ないことだ)」(文藝春秋90年1月号 括弧内は美由紀夫人による本書のための加筆)
と、正面きって言いえたことからもうかがえるだろう。
松田優作がロサンゼルスにいる間に、彼女もアメリカに行って松田優作の現場を見たいと話していたが、それは実現しなかった。
現場レポートを彼女が喜んだということは、図らずも松田優作も認めたということだった。それを間接的に言ったということで、その話は終わった。
なぜ彼が電話では「だめ」と言ったのかと今考えれば、こちらは初めての撮影現場での驚きを書いたものの、松田優作にとってはすでに通り過ぎた段階であったからであろう。
彼はその時、言っていた。
「お前の書いたものはその通り事実だし、これは唯一の『ブラック・レイン』の足がかりだ。しかし、これで日本映画を変えられるだろうか。あれだけの現場に入ったのはお前だけだし、この原稿でいろいろ出来るじゃないか。だからもっとデフォルメして、これで、日本映画に爆弾を投げるようにしよう。それには俺はなんでもやる。ちょっと戦略的に、いろいろ考えようぜ」
そして、七月に映画を公開する時に、とにかくアメリカで見たいから一緒にロサンゼルスに行こうと誘われた。
それから、彼が話したのは『アラビアのロレンス』完全版の上映にマイケル・ダグラスから招待された時のことだった。
この時ほど彼が饒舌だったことはなかった。
「アメリカは“映画の父”の国だぜ!」
二月十二日の午後四時から、ロサンゼルス・オデオン・センチュリー・シティ映画劇場で上映された、デヴィッド・リーン監督『アラビアのロレンス」は、一九六二年の公開当時、長すぎるということで、コロンビア映画社から半ば強制的に短縮させられていた。そのバージョンを元のオリジナルに戻し、それが再上映されることになることを記念してのものであり、ロサンゼルスの前に、二月四日にニューヨークで、翌五日にワシントンで上映されている。
各会場には監督のデヴィッド・リーンをはじめ、オマー・シャリフ、アンソニー・クイン、ピーター・オトゥール、作曲家のモーリス・ジャール等スタッフやキャストが参加し、またロサンゼルスではスティーヴン・スピルバーグ、フランシス・F・コッポラをはじめ多くの映画人が集まった。ちなみに料金は二五〇ドル。
「マイケル・ダグラスが健さんと俺のために、ボックス席を買ってくれたんだ。リムジンで乗りつけると、劇場の入口には、よくニュース映画にあるように、新聞記者たちがスターや映画関係者を写すためにカメラのフラッシュをたいている。
俺たちのボックス席のまわりを見ると、この映画の監督デヴィッド・リーンをはじめスピルバーグなど、アメリカ中の映画関係者が集まっている。彼らがこうした完全版が出来て公開されることを喜んでいるのはもちろんだが、それを取材するマスコミも全員で祝福している。
それで記者たちがこっちに寄ってくると、マイケルが健さんと俺とをエスコートして彼らに紹介するんだ。
“今、一緒に『ブラック・レイン』で仕事をしている素敵な俳優を、皆さんに紹介しよう”
映画は、それを作る当事者も、また、それを見る方にしても、共通の誇りにする財産なんだ。映画を、集まっている人々、いやアメリカという国全体が、祝福していることを、本当に肌で感じたね。
それを見たり、自分が当事者として接していると、そこは、映画にとっての“父”の国としかいいようがないだろう」
映画が終わると、ビバリーウェルシェア・ホテルのディナーになったが、食事を終えてもそのまま別れるはずもなく、高倉健の泊まっているフォーシーズンズ・ホテルに、アラン・プールも加えて向かった。
「だけど、興奮が醒めないものだから、リムジンの中から、もうドンチャン騒ぎがはじまった。シャンペンを抜いて、それは大変だった。それで、ホテルのバーであらためて飲み直しになったんだが、あの、酒を飲まないはずの健さんまでもが酒を飲んだんだ。
そして、そのバーで落ち着いていると、その隅でなにやら密談している男がいる。
それは、リドリー・スコットだった。思わず傍に行って、言ったね。
『監督、こんなところでなにをしているんですか?ずるいじゃないか』
すると、リドリーはニヤリと笑って、その男を紹介した。
『ハーベイ・カイテルだ』
リドリーは、そこで次回作の打ち合わせをやっていたというわけだ。
「『ユーサク!君らは近い将来、一緒に仕事をすることになるだろう』」
ハーベイ・カイテルは妻のロレイン・ブラッコを同行していたが、彼らもこのマイケル・ダグラスのグループと合流し、そこで踊りあかした。
「もう、皆でしたたかに酔った。意識もなにもなくなるくらいに酔いしれた。
でも、本当は酒に酔ったわけじゃないんだ。今日見た過去の名作に、俺たちのやっている今日の映画に、そして、明日の素晴らしい映画に対して酔ったんだ。
俺は、本当に映画をやってきてよかったとつくづく思った。今まで俺たちがやってきたことの積み重ねがこれなんだ。言葉では言えないほどの幸せな気分だった」
彼はこの日の様子を、映画の素晴らしさを、翌日すぐ電話で妻に知らせていた。
「マイケル・ダグラスが、俺のことを放さないんだ。パラマウントの重役に会わせたりしたのもそうだが、これからのメジャーの映画に出るにはどうしてもエージェントが必要だから、それも責任を持とうとも言ったんだ。『そうしたエージェントは、応々にしてインチキとは言わないが、マネジャー料を取りすぎたりというトラブルも多い。ユーサク、君の場合は、初めてということだし、多くのアプローチも来るだろうが、その点に関しては、俺が一切の責任を持つ』そうまで言ってくれたんだ」
「それは素晴らしいことだ」と相槌を打ちながらも、松田優作がここまでくるのに、つまり、リドリー・スコットやマイケル・ダグラスと対等に仕事が出来るようになるまで、わずか三カ月足らずしかたっていなかったことに気づいて、感慨深かった。
「最初のころはたいヘんだったんだ。だいいち俺は彼らにしてみれば、アクションが出来るとか以前に無名の俳優でしかないわけだ。誰も俺を知りゃしない。しかも撮影に入ると、日本だとすべて監督任せだが、むこうはプロデューサーが平気でどんどん口を出してくる。
あれは、俺の大阪での最初のシーンだったが、俺がラスト、健さんとマイケル・ダグラスに挾まれて護送されるというところがあった。その時、俺は笑っていた。そういう演技にした。しかし、それを見たシェリーとスタンリーがクレームをつけた。
『あの演技はいったいなんなんだ。さっぱり分からない。もう少し深刻な表情をすべきだ』
俺はもちろん変えるつもりなどなかったけれども、二人はかなりしつこく言ってきた。それでリドリーに聞いたんだ。
『監督、どうなんでしょう。この場合、佐藤の気持ちの上では決して負けてはいない。もう一度復讐するということでは……』
その時リドリーは、それ以上言う必要はないとも言いたげに手を横に振った。
『その通りだ。ユーサク。だから君の演技はパーフェクトで、それを通せばよい』
結局、リドリーがプロデューサーを押し切って通したという形だったけど、リドリー・スコットというのは、本当に分かる監督だと思ったね。それで、だんだん俺を見ているうちにまずマイケル・ダグラスの態度が変わり、プロデューサーもなにも言わなくなった」
松田優作は、現場で、監督あるいはプロデューサーとのやりとりの中で自分の発言権を大きくしていったし、結果がすべてのアメリカのシステムで、ラッシュに映る松田優作の存在感に対して、皆が目を見張らざるをえなかった。
メイン・スタッフとマイケル・ダグラス、高倉健、アンディ・ガルシア、アラン・プール、そして松田優作は、ロサンゼルスでの撮影の合間にマイケル・ダグラスの自宅に招待された。
「健さんは、本当にすごいぜ。その価値を本当に知っているのはいないけど、むしろむこうの連中の方が的確に見ているのではないかな。あの人は確かに、日本映画を背負い、それでなにかをするという人ではない。あくまで個人主義者だ。だけど、あそこまで自分のことを考え、きちんと仕事が出来る人が、健さん以外に誰がいる?あの人と現場で一緒にいると本当に楽しい。とはいっても、実際の会話はジョークばっかり。でも、とくに話さなくても分かっているところが多いんだ。あの人は俺と違って、積極的に自分で話す人ではないけれども、肝心なことは分かっているから」
マイケル・ダグラスの自宅パーティの時、松田優作は高倉健に、
「先輩、今日はミーハーさせてもらいます」
と言って、サインをもらったり、写真を撮りまくっていた。その写真は百枚以上にのぼるが、そこに映しだされているマイケル・ダグラス、スタンリー・ジャッフェ、リドリー・スコット、高倉健、松田優作らは、皆これが世界のトップ・スターかと思えるほどリラックスしていた。
マイケル・ダグラス自身も、あとでこうした体験について語っている。
「撮影中は、健さん、アンディ・ガルシア、松田優作、僕と四人でいつも話し合ったり、出かけたりしたね。はじめは時代劇みたいにすごくフォーマルな演技をするだろうと考えていたら、自然な演技だったのでビックリした。それでもこっちの演技のリズムが違うから、慣れるまでは大変だったと思う。健さんも優作もピッタリの配役だった。彼らとの仕事は忘れられない経験だったよ」(スクリーン 89年11月号)
これが松田優作の飛び立とうとしていた世界だった。
しかしそうしたことがあっても、彼が映画に取り組むストイックな姿勢は変わることはなかった。一度、昼食の時にアルコールが入ったマイケル・ダグラスがそのまま現場に入り、松田優作を見つけると「おい、ユーサク」と声をかけたが、松田優作はまったくとりあわず、相手にしなかったという。
彼は、十日後の二月二十八日、サンフランシスコ郊外のナパバレーに飛び立った。
三月、最後のクライマックス部分の撮影が、サンフランシスコ郊外のナパバレーで行われた。すでに日本から大量の藁が船で運ばれてきていた。アメリカでは大型コンバインで稲を刈るため、藁が細かくなり、使いものにならなかったからである。
撮影は、へリコプターによる空撮もある大掛かりなものだった。しかし日本とは異なり、地域の協力が徹底していて、警察はおろか、医者、看護婦まであらゆる設備の保証が整っていた。だが、泥だらけの格闘をする俳優やスタッフは大変だった。
高倉健——
「みんな泥んこになるんだけど、漆まけしてね。行った最初に『これがポイズン・オークだから気をつけてくれ』なんて言ったけど、そこをみんな歩く。葉っぱを踏みつぶして、その汁が付くとみんなかぶれる。松田君もマイケルも、本当に変な話しですけど、おしっこしたそこから腫れちゃう。これはつらかったですね。『ブラック・ペイン』って言っていた、みんな」(月刊朝日 90年3月号)
ここまできた時、問題になったのが松田優作演ずる佐藤の扱いだった。脚本の上では、当初、彼はマイケル・ダグラスと高倉健に捕縛されるということであり、大阪府庁舍での撮影でも当然その予定だった。
松田優作——
「ところが、だんだん俺がひどい奴になっていくんだな。撮影を進めるうちに、何人も殺すどころか、アンディ・ガルシアも、残酷な方法で殺すわけだ。そのうち、あまりひどいというので、どうしても殺さなければ収まらなくなってきたんだ。だから、結果的に二バージョン出来るということだが、まあ撮影の上では、俺はマイケルと格闘する中で杭に刺され、笑いながら死んでいくことになったんだ」
このクライマックスでの松田優作とマイケル・ダグラスの格闘のシーンでは、スタント・コーディネーターのボビー・バスが、最初アクションの振りを作ったのだが、松田優作が安っぽすぎるといって断った。
「それで、リドリーが空手のアクションをつけてほしいというので、俺は自分で考え、ああいうふうな形にしたんだ」
撮影現場での製作進行は監督の手によって責任がとられるとはいえ、松田優作が自分のシーンについて自己主張をして、皆も受け入れることができたのは、『ブラック・レイン』の撮影を通して彼が得た力だったろう。
プロデューサーや監督の心づもりで、佐藤を殺すということで撮影は進められ、三月十四日、『ブラック・レイン』の四ヵ月半にわたる撮影は終了した。