映画『それから』で、まじめに恋愛にこだわる

【1985年11月】

宿題をきちんとやる少年だったかどうかは知らない。学校の規則をよく守ったかどうかもわからない。でも彼は、だれかを好きになることや、自分ってなんだろうと考えるとき、いつも“まじめ”だったにちがいない。当然、いくたびも傷ついたり、だれかを傷つけたりしただろうに、懲りるどころか、いまだにそのまじめさは持続している。そんな彼がいま惚れ込んでいる男、森田芳光とまじめに取り組んだのが、夏目漱石原作の『それから』の映画化である。さて……。

———今回、映画のために少し体重を増やされたそうですね。

松田 ええ。原作を読みますと、代助という人間は、うっすら脂肪がついている。仕事もしていないし、お金はあるし、うまいものを食べられるし、体を動かしていない……だから体重を5キロほど增やしてね。

———やせるのも大変ですが、増やすのも……。

松田 やせるほうがいいですよ。ふだんの生活の美意識にもかなうしね。5キロ増やしたときはやっぱり勇気いりましたね。

———美意識にかなわなくなっちゃう。

松田 気持ち悪いんですよね、やっぱり。なにか動きが非常に鈍くなるということがね。

———どういう方法で増やされたんですか。

松田 それは企業秘密です。

———少し体重を増やしてみるとか、役づくりというんでしょうか、それは監督との話し合いで?

松田 監督はそういう要求はぜんぜんしないんです。ぼくのほうでね、いくら行間を埋めてきても、もうひとつ(役に)入りきれないところがあって、それで自分なりに決めたことでね。自分の意識をスローにするため、というのと、ぼっちゃんの役でぼっちゃん顔であるということで、とりあえずそのあたりから入ってみようと。でも、意識して増やした体重はなかなか落ちませんね。まだもどってないんです。

———でも、5キ口増やして撮影に臨んだ松田さんを見て、森田さんはニヤッとしたんじゃないですか。

松田 どうなんですかね、あまりしゃベらなかったですけど、本人は。

———今回の映画ではそのうっすら脂肪のついた代助が、とても女々しく恋愛にこだわるでしょう。それがとても好きでした。男の人があれほどに、と。

松田 ほとんどの場合、そうじゃないですか。

———そうですか。

松田 うまくいかなくて手首を切ったりするなんてまずないですからね、男は。それほど勇気ないです。そうするとせめてわかってもらいたいという気持ちを表すときには、女々しくすがってしまうというような方法論が多いですよ。ぼくもそうですけど。

———一般論になるんですけど、男の人の場合、たとえば仕事にこだわるとか、地位にこだわるとかそういうことはあっても、女を好きになることにこだわって、ぎりぎりのところまで自分を賭けて捨て身になれるってなかなかないと思います。

松田 そんなことない。

———そうですか。決めつけはよくない。松田さんご自身はそんなことないんですね。

松田 ないです。

———女になんてかまってられない、なんて時期はなかったんですか。

松田 ぼくはそちらのほうへ、だらだらだらだら来たというか……。

———じゃあ恋愛なんてこんなもの、とか、女なんて、という思い込みもない。

松田 怖いことですよ。思い込んで決めてしまうのはね。もちろん相手によりますけどね、顔の曲がった女もたまにいますから……。

———どういう相手ならいいのかしら。

松田 やっぱりいい女というのはたくさんの人から選ばれる権利がありますからね。男はたくさんの男を蹴散らしてその女をつかまえる義務がある。だからいい女はいろんな男とね……そうかどうかはわからないですけど、そういう女をつかまえないことにはね、だれにも見向きもされないような女を狙っても、しょうがないですから。

———顔の曲がった女っておっしゃいましたけど、いい女ってね、やっぱりきれいでしょう。顔とか、そういう部分的な意味でじゃなく、状態としてきれいですよね。

松田 きれいというより、芯があるのね。嚙みくだせないような芯が。そのまわりがふわふわしててつかみどころがないようなんだけど、芯だけははっきりわかる。

———そういう人が好きなんですか。

松田 好きですよ。

———でも芯があるとなかなか思いどおりにはいかないでしょう。

松田 いきませんよ。いくわけないですよ。いっちゃったらおもしろくないですものね。

実際、渦中になってしまうと、おまえはあの男と寝たんじゃないかとか、そういうジェラシーでいっぱいになる。それはとてもいやなことだけれど、そういう女じゃないとおもし ろくないしね。

———不安をかって出ている。

松田 不安になりたくないから早くつかまえなきゃいけない。

———でも、つかまえても、つかまえたという感覚ってあまり……。

松田 ないですね。

———自分を慕ってくれる女がかわいいというタイプの男の人もいるでしょう。王様になりたいタイプ。

松田 いいんじゃないですか。そういう人もね。そういうことがあってもね。

———とりあえずはつかまえた、という感触を信じ込んじゃうんでしょうね。

松田 いずれ、一、二年のうちに抜かれちゃうんですよ、女に。『それから』で、美和子(藤谷美和子)がやった三千代というのは、青春の初恋の相手の代助とではなく、その友人と結婚する。ふたりともそのときは、自分の気持ちに素直になれずにね。数年後に再会したとき、代助は三千代に思いを告げ、三千代はそれに肯くんですが、そのとき彼女は「(あのときは)あなたでなければだれでもよかったのよ」「自分に復讐するために結婚したんです」と言うのね。いま、いっしょになろうとしている男に、その言葉をしゃべるというのは自分の自立を示唆しているわけですね。自分にとって大切なのは、いっしょになるということではなくて、自分が女としていま、なにかをしなければいけないことだ、と。代助はそんな三千代の存在を借りて男として自立していく時間を見つけることができた。時代など関係なく『それから』の意味はそういうことですよね。

———恋愛というのは自分が自立していくというか、自分が自分になっていくためのステップなんですよね。冷たいかもしれないけど。

松田 きっかけね。ここではない、もっとちがったところヘ出るための自分にとってのきっかけをつかんでね、結局、勝ったのは三千代さんなんですよね。

———だれかを好きになると、いろんなことが見えてくるでしょう。自分の皮がはげていってぎりぎりのところまで見えてくる。おもしろいですよね。

松田 ええ、つらいですけどね。実際はやはり痛い思いもするし。

———人が死んだり、血が流れたりしなくても当事者にとっては大事件で、充分、痛いんですよね。

松田 ええ。

———『それから』という映画は、だれかを好きになることとか、それで人がどう変わっていくとか、とてもきちんと納得のいくテンポで描いてますね。心理を追って追って。しかもセリフがすごく少ないでしょう。言葉で納得させるんじゃないんですよね。

松田 言葉の多少ということより、ほかの監督だったら、スピードとか間をずいぶん省略していったと思うんです。

———そうですね。間を省略したぶんだけ心の動きをセリフで説明しなくちゃいけない。

松田 言葉が多くなったりしたかもしれませんね。男と女を撮るというのは、大変むずかしいんですよね。ほんとうにひとつの会話を交わすまでのあいだに、ストロークがいりますからね。それをちゃんと見つめる人が作家にいない。どうしても早くしちゃうんですね。映画でいえばお尻が痛くならない程度の時間……一時間四〇分ですか……それでやろうと考えるとどうしても先を急いじゃうんじゃないですか。森田監督といっしょにやるとほんとうにいいストロークで人間をやっていけると思いますよ。映画のなかで。

———そうでしょうね。言葉以外の生理的なものをとても大事になさってますしね。食べるときの音や、ひんやりした空気。松田さんが役づくりのために太ってみるというのも、そのひとつだと思うんですけれど。

松田 頭のなかで描きすぎると、人間から離れてしまうから。話はちょっと飛びますが、この前モロッコに行ったんです。日本にいると、むこうの写真を見たりして『シルクロード』で流しているような、喜多郎の音楽のイメージというのかな、モロッコのあたりは、薄ら寒いような、さびしいような、日本的な浪花節みたいな、センチメンタルで泣けてきちゃうような、そういうのを植えつけていくでしょう。ところが実際、モロッコの砂漠に立ってみると、あまりにも元気なんでびっくりしてしまう。こどもがロバに乗って水桶を持って10キロぐらい先まで井戸の水を汲みにいくことは、喜多郎の音楽を流していると、非常につらい、大変なことだと思うのが、行ってみるとみんな元気でね。自分の一日のなかに水を汲みにいくことがサイクルになっているから、鼻歌を歌いながら、よそ見しながら行くわけね。非常に元気なんです。

———とにかくそこで息をしてるんですよね。

松田 そうなの。観念だけで描いていると、とんだ勘ちがいの思い上がりをしてしまう。

———今回の『それから』もそうですが、森田さんとお仕事をなさるときは企画の段階から話し合われるんですか。

松田 そうですね。現場に入ったらほとんど監督まかせですけど、入るまではね。キャスティングも、ああだこうだと遊ばせてもらったり。口を出さなきゃやれない体になってしまいました。

———おふたりが会えばいつも映画の話ですか。

松田 あまりふだんは会わないんですよ、しょっちゅうはね。むこうはまた趣味がちがうから。ボウリングとかね。どうもあれはいっしょに行けなくてね。

———本気でお好きなのかしら。

松田 本気ですね。いつもスタッフを連れてボウリング大会をやったりしてますから。

———ちょっと無理がありますね。

松田 ねえ。

———でもたまに会うと、こんどはなにを考えているのかな、と恋人にでも会うような感じですか。

松田 そうでもないですね。なにかものが始まるときはちょうど呼吸が合うから、それ以外はあまり干涉しないというね。

———でもピタリと合うんですか。

松田 合いますね。

——— やはり、なにもしなくても呼吸が合う人といつしょに仕事をするのが、いちばん楽しいのでしょう。

松田 それに近い感じですけど、やはりまず信頼できることと、それとニュアンスですね。これはちょっと言葉で說明しにくいけど、なにを狙おうとしているのか、どう表現したいかというものをすべて含めたニュアンスね。考え方が同じとか呼吸が合うだけを重ねても生きていけませんよ。お互いに持っているものをピックアップしていく作業をしていかないと、最初合わなかった呼吸が仕事をしていくなかで合っていくというのがいいですね。

———ちょっと前の話にもどりますが、松田さんと熊谷美由紀さんの場合は、どうなんでしょう。お互いにとって相手がいい意味で自分のきっかけになっていると、そう考えているおふたりが共存しているんですか。

松田 それはむずかしいですよね。男女関係と夫婦ものになっていくというのは、また別の生きものですから。夫婦ものというのはまた別のエネルギーがある。比べようもないし、いっしょにする必要もないし。

———男女関係と夫婦ものの関係が共存していくみたいなことはないですか。

松田 ふたりでやっていけるんだったらよかったんだけど、こどもなんかが增えていくと谷川がひとつ增えていくというかね。こどもというのは逃げ口にも、はけ口にも、口実にもなるし……こういうことはすべてingですから、どうなるかわからないですけども。

———以前、雑誌のインタビューで熊谷さんのことについて「いちばんおもしろい女、刺激のある人といっしょにいるという感じ。だから家に帰るとやすらぐというのではないけれど、すごくおもしろい」とお話しになってらっしゃいましたね。それと、とてもにぎやかにしゃベり合い、派手なけんかをすることで仲間うちでは有名だ、というのが印象に残っているのですが。

松田 そういう話をしてるときもありましたね。

———いまはどういうingなんですか。

松田 いまは妊娠九カ月で别の生きものになってますね。

———それでもよくしゃベるし、けんかはする。

松田 しょっちゅうですよ。

———原因とかは?

松田 覚えてないですね。

———ワーッと騒ぐんですか。それともあとまでじくじくと……。

松田 そういうのはやらないみたいです。

———でも、けんかできるというのはいいことですよね。

松田 わかりませんね、それは。もう少し暮らしてみないことにはね。

———私などは相手によく思われたいから、考えているのと反対のことを言って、その場がいやな雰囲気になるのをとりつくろったりとか、自然体でいられないことがよくあるから……。

松田 うちのカミさんも最初はそうだったみたいですよ。年の差もあっただろうし。

———そうですか?イメージでは、熊谷さんというのはとても自然体でいて、なんでもぼんぼんぶつけるとはね返ってくる、そんなところがすてきだったんじゃないかと思っていましたけれど。

松田 確かにね。でもお互いの出会いが俳優と女優で始まったものだから、うまいヘたは别として、位置としては、ぼくのほうが上にいましたからね。そういう意味で、最初は常に上を見てなきゃならない時間があったでしょう。のみ込まなきゃならなかった時間があったと思う。言葉の操り方もぼくのほうが上手だったりね。

———最近はちがうんですか。腹にためないで……。

松田 ためるのはこどもだけでいいという。

———のみ込みのとても早いほうなんですね。

松田 そうでしょうね。

———たとえばきょうなんかは、どういうふうにして一日が始まるんですか。

松田 起きるのはお昼すぎでしょう。

———そうすると熊谷さんと息子さんはもう起きて生活してる。

松田 起きてないんですよ、これが。とどのように寝てるんですよ。で「どうもきょうは眠たくていけねえや」といって起きてくるんです。

———三人で?

松田 いや、おれは别の部屋で寝てるから、勝手に起きて、ぼちぼち起こさなきゃいけないなあと思って起こすんですよ。で「きょうは……」と言いながら起きてくる。

———こどもが学校に行くようになると大変ですね。前に保育園の取材をしたことがあるんですけど、そのときにね、深夜一〇時まで薬局をやっているうちのおかあさんが保母さんに怒られてたんです。寝る時間が遅いからこどもが保育園で午前中寝てます、学校に上がったら大変ですよ、って。

松田 ははっ。二日酔いじゃないでしょうね。

———そういう可能性もあるかもしれない。

松田 そのときはそのときですよ。ちゃんとやるんじゃないですか、おれもやらなきゃいけないし。

———まあ自分の時間でやっていって、社会の時間帯を利用していければ、いちばんいいんですけどね。

松田 利用するほどの大義名分はないですけどね。自分らでつくっている空間ですから、人と比ベて同じだの、なんだのということでやっていくわけにはいかないし、自分たちの空間なりの時間の動き方があるからね。もちろん二四時間しかないけれども。

———「きょうは眠くていけねえや」という起床だと、たとえば朝起きてご飯がさっと出てくるとか、そういうのは?

松田 ないですね。

———そういうの求めたりはしませんか?

松田 飼育されてるんじゃないですか、こつちが。

———前の結婚のときは?

松田 それはもうちゃんと朝ご飯がありましたね。

———んー、飼育されてみると、それでもできないこともない、と。

松田 ぼく自身がいいかげんだからね。慣れちゃえば早いですよ。

———あまり飼育という言葉はよくないけれと、なにか起きたときに対処できる関係ができていれば、いつもいつも整っている必要はない。

松田 そうでしょうね。対処できるかどうかわからないけれども。

———できますよ。

松田 男と女の関係とか、こどものこととか、いろいろ変わっていきますしね、ほかのなにとも比べようがない。だからうしろ向きにならないことがいちばん大事だなと思います。

———結果的にいいほうに向かうためにはね。

松田 結果は瞬間だからわからないけれども、心がまえとしてはね。

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《松田優作、語る》

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