【1988年10月】
ハードでクールで野性的で、気に入らないスタッフはすぐ殴る……と“ストイツク”を体いっぱいに表現していたのは、もうひと昔以上も前の話。現在の松田優作は、他人をはねつけない、ふところの深さとやさしさを身につけていた。彼を変えたものは、なに?
いままであんまり遊びとか、してこなかったもんだから、……女の人に関する遊びは除いてね(笑)。いまはなんか、みんなで楽しんだりするようなこと、たとえば海遊びとか、川遊びとか、たくさんやりたいなあという感じですね。最近、よく遊ぶんです。カヌーで川下りしたりとか、スキンダイビングしたりとか、そんな大それたものじゃないんですけれど、ひそやかに。おもしろいんですよね。そういうこと。
ストイックに生きなきやいけないなんて思い込んでいた時期もあったもんだから、その後遺症みたいなものをずっと引きずっていてなかなかただ遊ぶということができなかったんですけどね。自分で「役者はかくあるべきだ」なんて思い込んでいた時期があって。どういうことまでが役者なのか、青いなりに悩んでいたときに「やはり、自分を追いつめるんだ」とか思って(笑)。じゃあおまえ、うんこしてるときも自分を追いつめるのか、なんて追求していくと、もう、うんこも出なくなっちゃう感じで(笑)。
いまはね「なにがストイックだ」って思う。日常の生活を楽しんでます。口のなかにご飯を入れて「ああ、うまい」と思ったり、うんこするときでも「いいうんこが出るように」ってがんばったほうがいい。ストイックっていうのは、なにかものを表現する瞬間に出てくる、ある種の瞬発力みたいなもんだから。
俳優っていうのは、非常に古いものの考え方をしていて、マニアックな人が多いです。苦しいことばっかりを求めるふりをする(笑)。そんなに苦しみたいならお坊さんにでもなればいいわけで、役者することもないのに。それで“狂気の俳優”とか言われると、なんか、うれしいわけで(笑)。おかしいんじゃないかと思うよ、おれ。
松田優作、三九歲。
紙やすりを連想させるような、ザラザラした低音で語る。
『太陽にほえろ!』の“ジーパン刑事”として一世を風靡したのち『陽炎座』『家族ゲーム』『それから』などに出演。新作ごとに新しい顔を見せ、一時はべったりはられていた“過激アクションスター”というレッテルを、確実にはがしてきた。彼の次回作は『華の乱』。大正を代表する作家、有島武郎を演じている。妻に先立たれ、三人のこどもをかかえていた有島武郎は、情熱の恋愛歌人、与謝野晶子(演じるのは吉永小百合)に次第に心魅かれていく。彼女にもまた、一一人のこどもがおり、かつてその愛を謳った夫とのあいだも冷えていた。
しかしながら、彼は大正一二年、人妻であり、美貌の女性編集者である波多野秋子(池上季実子)と心中を果たす。
いまよりも恋愛が不自由だったからこそ、人々がドラマチックに恋に走った華々しい大正ロマンの時代のなかで、彼はどんな顔を見せてくれるのだろうか。
不倫が本気だった時代でしよ。訴えられたら姦通罪で捕まっちゃうんだから。命がけですよ。いまは、ちょっとした罪の意識さえ解消できれば、遊びでもできますけど。
有島武郎という男は、金持ちの家に生まれて、しきたりやら慣習やら家族制度やらに縛られていたけれど、非常に自由な精神を持った人で、自分はいったいどう生きればいいのかと悶々と悩んでいた。そんなところに与謝野晶子さんという、こどもが一一人もいて、あれだけ自由に自然に恋の歌を謳って……その生命力の強さに魅かれていくというのは、わかる気がしますね。
ただ、結果が波多野秋子との心中ということで、ミステリーがミステリーを呼んでいるんだけれど。
人間は、特に女性は、好きな人がいても、肉体は別のところに行ったりするものだから……。
たった一秒か二秒のズレとかすれちがいで、男と女のあいだにはいろんなことが起こったり、起こらなかったりするものですから。たった一日会えなかっただけで、ほかの男に魅かれちゃったりとか、そんなことが、ずいぶんあるわけじゃないですか。
そういう男と女の不可解なニュアンスのようなものを、どう伝えるかってことを考えながら演ってますけどね。
カミさん(女優の熊谷美由紀さん。熊谷真実さんの妹)が不倫の恋に走ったら?
それはまだまだおれなんか、嫉妬とかジェラシーとかが強いけれと……。
自分が好きな女(ひと)、自分の愛する女が、自分よりももっも愛する男をみつけたら、そのことを喜んであげなきゃいけないと思う。そうでしょう?ぉれはそう思う。そうならなきゃいけないと思う。
自分といっしょにいてほしい、自分のもとにとどめたいと思うから、嫉妬があったり、独占欲があったり、暴力が始まったりするわけで。人間の最大の敵はジェラシーですからね。このジェラシーというものを克服できたら、もっといろんな意昧で調和のとれた時をすごせるし、戦争だってなくなりますよ。
だからね、男性の未来は女性なんです。
女性のように、瞬発力が強くて、昔のことをひきずっていく時間をわリと合理的に解決していけて、暴力はふるわないで、人のケアができるようになれたらいいと思う。女の人って、自然にそういう動物でしょ?“大丈夫?”とか、すぐ聞けて。すごく調和のとれた時をすごしていて。
男もそうならなきゃいけないよ、ほんと。おれはそう思う。
こんなふうに考えるようになったのは、もちろん、いまのカミきんとの出会いも確かにありますけどね。その前に離婚ということがなかったら、相変わらずわからなかったのかもしれない。結婚から離婚に進行したときに、自分のなかのなにかが変わったのは、確かですね。
七年前、彼は前夫人と離婚。個性派女優として注目されていた熊谷美由紀さん(当時二〇歲)と結婚した。
いまのカミさんと会った瞬間、とにかくこいつはすごいと思った。すごい女優になるなあと。細胞が呼び合うっていうか、インスピレーションみたいなもの、視覚や聴覚ではないなにかの波長が、たまたま合っていたんじゃないですか。
でもおれ、ロリコンの趣味はなかったから(笑)。出会ったとき、彼女はまだ一六歳でしたからね。
いっしょに暮らし始めたのは、ただただ四六時中いっしょにいたいという……非常に蜜月の濃い時間ってあるじゃないですか。たいがいそういう気持ちは、女の人のほうが強いですよね。男ってのは、どこかに逃げ道を探したりするもんだけれど……。
ほんとうに好きになって目がくらんでるときには、そういう女がうっとうしいどころか、まわりの人間のほうがうっとうしくなるものだよね。
いまでも、結婚しているからほかの女との恋愛を我慢しているということはないです。いまはたまたま、そういうすばらしい女があんまり現れないんで……。
確かにもう、自分たちだけの問題じゃない、いろんな人に迷感かけたり、傷つけたりしてしまうということも、当然どこかで意識しているんだろうけれと……。
でも、もしかしてそうなってしまって、また、えらい迷感をかけてしまうこともあるかもしれないわけで、ねえ。
結婚と恋愛が両立するとは限らない。
危ういんだから、恋愛っていうものは……。
每日いっしょに暮らして顔を合わせていくという決めごとのなかで、どうなるかなんてわからないよ。
生活のなかで、相手の自己主張みたいなものを尊重していくことによって、もっと新鮮な、別の愛情は生まれてきますけどね。
だいたい人間のやることっていうのは……仕事だって生活だって、同じことくリ返していたら飽きますよ。
人間は一定不変のものじゃないですから。
“結婚”だからって、一定のかたちのなかにいなければならないと思えば思うほと、なんかぎこちなくなってくる。基本的に人間は、とどまってちゃいけない。妻だから、夫だからっていうことで、飽きちゃうことに我慢しすぎちゃうところがあるんじゃないですか?うちのカミさん?うちのカミさんは飽きてないみたいよ(笑)。子育てしてるから、飽きないんじゃないですか。だっておもしろいもん、こどもといっしょにいるのは。
それにあの人は、いろんなことが好きで、ものすごく深くつき合っちゃう人だから。意外なところでこどもを怒ったりすることが、自分にとってものすごい発見だったりするんです。ああいう人は、なにをやってもなにかを発見して、おもしろがれるんだと思う。
だからいまは、そういう時間のめぐり合わせで子育てをおもしろがってるけど、本人はどっかで(女優を)やる気みたいなんで。このままで終わるはずがないですよ。
あの人からの発見は、それはもう山ほどあります。いまも限りなく、発見させていただいてますよ。まだまだ、わからない。
家事はおれもやるよ。彼女が妊娠してるときにも、こどもたちにちゃんと弁当つくって幼稚園に連れてって。おかずは、卵焼きとかさ。なかがちゃんとうずになってるやつ(笑)。自分が小さいころ、そういうことされたことなかったんですよ。だから自分のこどもたちにはつくってやりたいなと思って。
こどもができて変わったことなんてなにもないけれど、わかってきたんです。狭い自分の頭のなかで考えていた枠がどんどんとれていって、なんだ、知らないものがたくさんあっ たじゃないかって。人間って本来、そうやってだんだん世界を広げていく動物なんですよ。それを小さいころからレールを敷いて、こどもに勉強しろ勉強しろなんて押しつけるなん て、バカな話だよね。
ただこれだけ情報があふれている時代だから、情報収集の選択は手伝ってあげなきゃいけない。ポルノ写真を見てたら「ときどきにしろよ」とか(笑)。マスターベーションやってるのをみつけたら「バイ菌入ったらまずいから手洗ってからにしろよ」とかさ(笑)。おやじが言ってもいい話だと思うよ。
そういうことも、いまのおれたちの時代って、なんか罪悪感がひどいんだよね。女の人たちは、そこからどんどん突破していっているにもかかわらずね。
与謝野晶子の時代もそうだけれど、女が男を食っていく時代っていうのは、いまでも続いていると思いますよ。ただ一見、身のまわりのものがだんだん華やかになっているんで、男たちもみじめったらしい部分を見せないですんでいるんだけれども。基本的な精神性っていうのは昔から、あんまり変わっていないですね。
いろんな女の人と遊んだり、デキたりしても、結局そばにいるたったひとりの妻が浮気したりすると、なんでこんなにも脆いんだろう。……それは原因が追究されないままほった らかしにされて、伝統的に続いてきたことでしよ。
そういうこと本気で考えようとする男って、いまだって、あんまりいないんじゃないですか。
人間の心の変化にすごく敏感になれば、まず自分の愛した女に対する見方も変わってくるだろうし、彼女の自分に対する見方も変わってくるだろうし。
ところがビジネスやってる人たちは、金でカタがつくこと以外には非常に疎い。もちろん、金でなんでも買えるんだけれど、自分の妻がよそ向くと、もうガタガタになってしまうんだよね……。これはおかしいと、おれは思うね。
ほんとに「おい、気をつけろよ」っていう感じだね。
「おまえら、まだ原始人で生きてるぞ」ってね、言いたくなるよ。
MORE○1988年10月号