エピローグ

七日に通夜、八日に告別式が三鷹の霊泉斎場で営まれ、松田優作の早すぎた死を三千人以上の人々が悼んだ。

戒名は天真院釋優道。

黒澤満——

「優作ってのは、ごまかせないし、逃げられない。だからこそこっちも、ヨーシ、勝負というところがあって、優作が、どこまで行くか分からないけど、それなら頑張るというのがあった。つねに自分の中に緊張感を持たせた男だから、フッといなくなった今、正直、僕はつまらない。あれで、ずいぶん心配してくれるんだ。僕が、肩が凝るとか腰が痛い、ギックラ腰だというと、『黒澤さん、この枕いいですよ』と、固いけれども固さを感じさせない枕を送ってくれて、気を遣ってくれたりね。優作はあけっぴろげで、嬉しそうな時は本当に大きな声でワハハと笑うんだ。僕はその笑顔が忘れられない」

松田優作という男は、この黒澤満に対してすら仕事に関しては全く妥協しなかった。

心を許し合いなんでも水に流すような友情関係は、彼にはなかった。

松田優作を松田優作たらしめていたのは、そのたえざる上昇志向だった。彼は今ある自分の姿に満足することがなかった。

それは、彼がアクションスターとしてデビューした時からだったし、常に自分の中に燻り続ける不満が渦巻き、彼自身それがいったい何なのであるのか探ろうとしていた。『陽炎座』は大きな転機だっただろうが、満足は訪れなかった。ひとつひとつグレードを上げた仕事をしていっても、それは止むことがなかった。

彼は、自分が今の姿に満足しないように、他人に対してもそうした上昇志向を求めた。

彼は中途半端な同情はしなかった。

友人たちは仕事で行き詰まった時、彼に相談を持ちかけたが、彼はいつも、

「そのまま。そのままの状態でいろ。無理に元気になろうとすると、それだけ遅れる。自分の中から湧いてくる時をまて」

と言っていた。

それが松田優作が友人にみせる思いやりだったが、彼自身についていえば、極度にストイックであり、孤独だった。

だから、彼と付き合うということは、その関わりが深ければ深いほど強烈な格闘のようなものを強いられたのである。

それは、共に映画を企画し、脚本を書かせていた丸山昇一に対してもそうだった。

「あの人は、こちらが他の仕事で締切になっていようが、自分に企画が浮かぶと、とんな状態であるかなどということは一切関係なく『よろしく』で終わり。しかも、書いた脚本にしても、優作さんが出したアイデアをそのまま生かすと許さない。それこそ、ボロクソに言いますから。ただ、こうして十年間しんどかったけど、僕は、あの人が七十すぎのおいぼれになっても、骨の髓まで恨んでも、あの人しかいないというのが本音です。ヨレヨレになって、養老院で、あの人が『口述筆記しろ!』『優作さん、誰も見る人はいないですよ』それでも書き続ける。

しんどい時は、何回も優作さんなんて死んじゃえばいいと思った。だけど、あの人の死を聞いた途端……もうだめですね。『そりゃないぜ』ですよ。あの人は半端を許さない人だったでしょう。これからも半端なことをやると、『なんだ、この野郎』って怒鳴られそうな気がしますよ」

しかし、他人との関係においても、『ブラック・レイン』を経過してからは変化していったように思える。

当初は、やはりアメリカの最前線のメジャー作品に参加するということでの気負い、思い込みがなかったとはいえまい。だが、実際の撮影の中で彼は明らかに変化していった。彼は、ごく“普通”にアメリカ映画に参加することができたし、今後もそのつもりでいた。そのためのスタンスというものを、肌で実感してきた。アングロ・サクソン、ユダヤ、ブラック、サモアン、チャイニーズ、プエルトリカン、アラブと様々な血が混じる中で、彼は時に溶け込み、時に際立っていった。とくに気負うこともなく、ただ自然にいた。

その段階で、彼は自分が国際スターになるかどうかなど、すでに興味あることではなくなっていたに違いあるまい。大事だったのは、リドリー・スコットやマイケル・ダグラスといった映画の最前線で活躍している人々の中になんのこだわりもなく入っていけたことの方だった。

その自信を得て日本に戻った時、日本映画に対しても違った目で見えてきたことは間違いないだろう。その時、松田優作は、たとえひとりであっても、以前のような峻烈な厳しさを持ったものではなく、どこかゆったりと穏やかな時間を取り戻していた。

しかし、彼が、『ブラック・レイン』を通して世界という名の空気の下にいたところで、最後、病床から旅立つ彼の脳裏には、その世界さえ小さく見えたのかもしれない。


はたして松田優作とは誰だったのだろう。こうして目に見えない彼との対話を繰り返しながらも、どこかで咀嚼しえないものがいつまでも残っている。

それは、いったい、なになのか?

しかし、今は、ただひたすら感謝すべきかもしれない。

彼との出会いを。

そして、彼と出会わせてくれたことに対して……。

《松田優作 炎 静かに》

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