【1986年10月】
インタビュー◉山根貞男
———はじめて監督をやってみて、どうでした?おもしろかったですか。
松田 おもしろかったですね。非常におもしろい。
———前から監督を一度やりたいと?
松田 まったく思ってなかったです。ほんと偶然、というかね。
———ピンチヒッター的に……。
松田 ええ。まったくほんとに偶然です。
———で、もう監督をやるつもりはないとか……?
松田 何度もやれるもんじゃないですよ、役者が。ほんと(笑)。
———だけど、監督をやってみて、監督としてのおもしろさがわかったということでしょう?
松田 やっぱりあくまでも役者の視点でしょうね、そのおもしろさってのは。映画はすげえなっていう。監督は全部を引き受けるわけでしょう。
———そうすると、監督をやったことは、俳優・松田優作にとって、とでもおもしろかったということですか。
松田 そうですね。というよりも、ぼくはロックもやってますし、なんかもう、いまぼくたちがやらなければならないことっていうのは、専門的なことじゃなくて、たとえば『ストレンジャー・ザン・パラダイス」のジョン・ルーリーなんか、自分で撮ったり音樂も自分でつくったりとか、そういうやつらが集まってなにか、新しい映画の角度を見ようとしてる。新しい映画をつくろうというんじゃなくて、映画に対して新しい角度を持とうとしてるといいますかね。そういうことを少しずつむこうのやつらもし始めてるから、ぼくらもやっぱり役者にとって必要なこととか、映画にとって必要なこととか、いろんな角度でこれから見ていかなきゃいけないと思う。もちろん表現するときは役者ですけどね、ぼくの場合は。
今回、だから、音楽は実験的にぼくと奈良(敏博)君と羽山(伸也)君と三人でスタジオに入って、ほとんどアドリブでつくったんですよ。アタマとケツだけは、あるスコアとメロディラインをつくったんですけどね。ビデオを見ながら、最初に二日ぐらいぼくのうちで、地下があるもんですから、そこで音を出しながらはめ込んでみた。それで基本的にコンセプトが決まったんで、スタジオにすぐ入って、フィルムをビデオで起こして、それを見ながらアドリブで。
そういうふうにしても、けっこうやれるんだなということですね。だから、この場合は映画音楽ではありますけども、またひとつ新しい角度で映画を見つめてるという、そういう発見ができたというかね、いろんな意味で。
———映画をいままでとちがう角度から新しく見るという営みのひとつとして、監督をやったということですね。
松田 そうですね、ええ。そういうふうに感じることができたといいますかね、監督をやって。それが結果として新しい映画ヘつながっていけばいいと思うんです。それは、ぼくだけじゃなくて、ずっと長く監督さんをやってらっしゃる方も思ってると思いますけどね。新しい映画をつくっていかなきゃいけないということ。まあ、ぼくらはぼくらで映画に新しい角度をつけてみようという、そういうことができたなという気がしてますね。
役者やってる場合には、現場はライブ感覚でしょ。終わってしまうと、それでほとんど自分の生きものとしての生活が終わってしまうといいますかね。ところが監督さんは、それからこんどはセルロイドのフィルムを生きものにしていくといいますか、編集して、そこにダビングで打ち込んでいく。そういう作業もまた自分は経験しちゃったもんだから、自分がいままでやってきた現場作業よりも、もうちょっと先をやってしまったというね、妙な尾を引いた部分が非常におもしろかったというか。
———そうすると、これからは、役者としてだけやるにしても、監督ヘの対し方が変わってくるでしょうね。
松田 徹底的に自分が役者だけをやれる、特に自分に対して非常にきびしく見つめてくれる監督さんじゃないと、ちょっとつらいですね。やっぱり、いじめられるほうがいいですから、そういう意味では。
———今回のスタッフは優作さんが選んだんですか。
松田 ええ。ほとんどそうです。
———キャメラの仙元誠三にしても照明の渡辺三雄にしても『最も危険な遊戯』以来の人ですよね。そういう意味では、気心が知れている人たちで……。
松田 気心が知れてるというよりも、やはりいい距離で緊張が持てるといいますかね。絕対、甘やかしてくれないという。
———ほんとうの意味で信頼できるスタッフ。
松田 そうですね。
———画面にそれがとってもよく出ていると思いますね。ぼくは『ア・ホーマンス』を見て、ツー・カット目ぐらいかな、イルミネーションがいっぱいあって人が群がってる夜の繁華街が出てきたときに、あ、この映画はいいぞ、と感じた。画面の迫力ですね。
松田 結局、映画はセット感覚ですね。セットでおこなわれるべきだと思うんです、映画というのは。ライブ感を出すにしても、やっぱり邪魔されないところでつくっていかないと、基本的に。神経の統一といいますか集中といいますか、そういうことを許される場所じゃないとまずいと思うんです。たとえば野外のロケーションであっても、ちゃんと人規制ができたり車規制ができたりしないと、絕対、映画って成立しないと思うんですね、セット感覚というのは。
そういう意味で、新宿のニュアンスみたいなものをぼくは出したくて最初の監督といろいろ話をしたら、彼は、そのまま新宿を撮ろうとしたわけです。隠し撮りをしたりしてね。隠し撮りじや、とてもじゃないけど、物理的に撮れませんよ。ナイトシーンが多いでしょう。だって、あんなところで人よけしてもね、もう限りがあるし、酔客はいるしヤッチャンもいるし、ねえ(笑)。日本でいちばんすごい繁華街ですからね。だから、そういううごめいてるニュアンスだけいただいて、つくっていかなきゃいけないと思ったんですよ。
———画面を見ると、新宿に似てるけれど新宿そのままでもなくて、不思議なイメージの街ですね。
松田 漠然としたイメージですけど、ニューヨーク。自分なりの新宿マンハッタンという意識で。だから、リトルイタリーとかハレム、公園はセントラルパーク、すごいビル街はブロードウェイとか、それからチャイナタウン、川はハドソンリバー……なんて、こじつけてある場所を設定したら、なんかうまくフッと新宿マンハッタンが浮かび上がってきたんです(笑)。
——— むろん撮影所のなかにセットを建てたんではなくて、どこか外の場所に細工をしてロケセットにしたんでしょ?
松田 初台の工業試験所跡と新宿の公園の近くと、ふたつ使ってます。
———ひとつの街をつくりあげるということに、監督としての力点がずいぶんかかっていますね。
松田 そうですね。新宿はいつも歩いてるんですけどね、自分がものをつくるために街を見ると、ぜんぜん他人とはちがう見方ができるんじゃないかと。だから、ずいぶん工夫できましたね。新宿はおもしろいなあとほんとに思いましたね、すみずみまで。ちょっとした角度を変えれば、非常に不思議な見方ができるというか。それに地面に水をひいたりとか、工藤(栄一)さんからいろいろいただいたもんがありますけど(笑)。カメラのちょっとした角度を変えるとかっていうことで、ずいぶんニュアンスがつくと思いました。
———撮影のコンテはどういうふうに立てたんです?
松田 前の日にだいたい決めて。ロケハンする時間はまったくなかったもんですから。ぼくが監督やることになったのは、もう撮影に入ってる途中ですからね。ケツも決まってるし。だから、とにかくやりながら、休憩の合間にちよっと出かけていって。
たとえばアパートでも、前の監督が決めたところに行くと、いかにもアパートという感じで、ぼくはそういうの嫌いなんですね。なにを考えてそういうふうに、いかにもアパートという說明をしてしまうのか。どこでもいいんだと思うんですよ、ここはアパートなんだぜといえばアパートなんだから。なんとなくそういうふうになっていくように、角度とか画をつくっていけばいいわけなんですけどね。そういう意識で、とにかく短い時間でしたけど、ずっと場所を選んでたもんですから、意外にうまく自分の美意識にはまるというんですかね、つくれたというか。
———画といえば、主人公の“風”さんが小林稔侍の刑事に取り調べられるシーンの画面がすてきですね。窓の外から見たアングルで、最初、ちよっと引きぎみのときには緑の木がいっぱい前景に見えてるんですね、杉なんかが。次には、もう少しキャメラが窓のガラスに寄ってて、枯れったみたいなものが前景にあり、風に枯葉が舞って……。
松田 あれ、ハイスピードなんですよ。
———そうですか。あまりそうは見えないけど。
松田 ほとんどノーマルに近いハイスピードなんです。
———無言のシーンだけに、わずかな枯葉の動きとか緩やかなキャメラの動きとかが見えてくる。
松田 全部ぼくです。
———ちゃんとキャメラのぞいて?
松田 ええ。その設定もハイスピードもそういうふうにするということも。
———そういうのはなんだろうな。
松田 なんでしょうかね。
———いくら映画をよく知っている俳優でも、普通はそこまでやらないですね。
松田 うれしい言い方をしてくれますね(笑)。
———あのショットだけでもね、ああ、この監督は映画の楽しさを知ってるとわかりますよね。
松田 はい、うれしいですね(笑)。
———いや、ぼくとしては、やっぱり仙元誠三だと思いたいんだけども(笑)。
松田 ぼくなんですけど(笑)。いやいや、ほんとに(笑)。
———だけど、仙元さんがやってくれるからでしょう。
松田 もちろんですよ。カメラマンですからね。で、カメラマンも監督の意図とか、それによって変わってきますから。
———『ア・ホーマンス」は『めぞん一刻』と二本立てで、両方とも仙元誠三のキャメラなんですよね。だから、まるでちがう、だけどどっか共通してるキャメラが見られるわけで、これはとってもおもしろいですね。片方は松田優作監督で片方は澤井信一郎監督だから、監督によってキャメラがどうちがうんだということがよくわかる。
松田 さすが澤井さんだなと思うのは『早春物語』のときに、仙ちゃんが持ってるすごさを引き出してくれるでしょ。あの人は映画をよく知ってる人ですからね。映画がわからない監督が仙ちゃん使ったって、使いきれないですよ。仙ちゃんは監督の言うとおり撮らないといけないわけだから。あれだけ我慢できて持続力を持ってるカメラマンなのに「はい、カット」と撮っちゃったら、同じ仙元誠三でもちがうものになるでしょう。やっぱり監督のものですからね。
———もうひとつ、ベトナムかどこかの市場みたいなところを、ダーッとキャメラが回転して走っていくシーン、あれが不思議な画面ですね。
松田 あれはのぞいてないんですけどね、カメラは。
———仙元さんはのぞいてない?
松田 ただ持ってるだけなんです。運転してるんですよ、あれ。見られないんです、あれ。ある機械をそういうふうにつくってあるんです、回転するように。自分がひっくり返るわけにいかないでしょう。回転する機械をつくったんです。ぼくが監督になってクランクインするときに、最初にあのシーンを撮りたかった。そのためにカメラをどうするか、かんかんがくがく、特機の人だの美術の人といろいろ話して、結局、ベストまでいかないんだけど、ま、なんとか。カメラごと機械をつくったんです、板金加工して。
———どういう仕かけなんだろ?
松田 これは教えられないんです(笑)。
———企業秘密?(笑)。でも、そんなに予算あったんですか?
松田 ないんですよ。だけど、どうしてもそれと、あそこの街をつくってほしいと。あれがないとダメなんですね。
———話を聞いていると、とってもよくキャメラをのぞく監督だったんですね。
松田 ええ、ほとんど。カット割りも、だから、その日にだいたい。自分がきのう考えてきたことと、全体の流れもありますけど、現場へ行って、非常に条件の惡い場所でも、こうしようって、その場所で朝、全部決めて。
———他人の出演シーンはいいけど、自分の出てるときはどうしたんですか。
松田 助監督を立たして。自分はデクだと思ってるから、今回は。今回はデクノポーの、どうにもならない俳優を使ってるなと自覚しましたからね、はっきりいって。
———え?“風”さんのあの役?
松田 ええ(笑)。自分ではやっぱりできないでしょ、結局。松田優作という俳優がいて、こいつとのバランスとかちゃんと考えられればいいけど、助監督を立たしてやったってニュアンスは出ませんから、はっきり。自分が役者でやってても見る人がいないから、どういう位置関係になってるのか。だから、もうとにかくデクノボーにしてしまおうと自分のこと決めたから、松田優作という俳優を閉じ込めてしまえと。好きなようにさせないようにしようと決めたもんですから。だから、まばたきするなとか、動くなとか、しゃベりすぎるなとか、もう全部タブーを押しつけちゃって(笑)。
———なるほど、そんな感じになってますね。まったく演技もなにもしないんだもの(笑)。まあ、あとで種明かしのようなものがあって、それが生きてきますけどね。で、俳優に対する演技のつけ方は、優作さんはもともと役者だから、自分でやってみせたんですか。
松田 ええ、全部やりましたね。
———やってみせた場合に、それは、松田優作という俳優がやってみせてるのと監督・松田優作がやってみせてるのと、ちよっとちがいますね。
松田 監督ですね。
———そのときは監督。
松田 ええ。自分が見たいものをやってほしいんですよ。役者の場合だったら、ある血のつながり方とか、血の切断とか、そういう関係をつくりだしていきますから、ニュアンスをね。監督は、自分がその場所にほしいことをしてほしい。だから、自分が見たいことをしてくれということであってね。
———だけと、普通の監督であれば、自分が見たいといっても言葉で説明したり、たとえちょっと仕草をしてみても、しょせん役者ではないわけですね。
松田 だから、やっぱり、監督さんの役者に対する勉強不足じゃないですか、はっきりいって。パキさん(藤田敏八)も言ってました、自分が役者やって初めてわかったと。やっぱり役者を勉強すべきですよ、もっと。自分が演じられないとおもしろくないですよ。監督さんにとっては全部自分の分身ですからね、役者さんが。
———だけど、役割は別でしょう。
松田 役割は别ですけど、やっぱりねえ、自分がつけていけないと。たとえば、もちろんプロの役者といってもいろいろ誤差はあるんですけど、感覚でしゃベっても即わかって自分のなかでくり返していくことができる俳優はいいとして、相変わらずパターンでやってきたものから離れられないでいる人の場合、そこから引きずり出すためには、自分が見せてあげないと。ナチュラルにする方法をね。誤差が大きい人たちの場合はね。
ほんとうのプロの一〇〇ある人に対して一二〇欲しい場合には、その人にまかせるしかないわけでしょう。一〇〇はできるわけだから、あとは自分のなかでなんとかしていかなければならない。それは誤差がすくないからいいんです。一二〇欲しくても、ダメでも一〇〇はできるわけだから、問題はない。だけど、初めから六〇とか五〇とか七〇とかで、それでもワンシーン、ツーシーン出れば、あれが光るとかって言われると、すぐ天狗になりますからね。そういうやつらに、長いストロークでやれることを教えていかなきゃいけないと思うんですよ。
———『ア・ホーマンス」を見ると、たとえば初めのほうで片桐竜次が松葉杖ついて出てきますね、あの演技を見たときに、いままでの片桐竜次とはまったくちがうので、ああ、ここはもう松田優作監督の演技の注文がものすごく出てるとわかりますね。ポール牧もそうです。このふたりがいちばんそのことをありありと感じさせる。ところが肝心の山崎役の石橋凌、この人はいわゆる役者じゃないでしょ。片桐竜次にしてもポール牧にしても、一応ベテランといえる役者ではありますよね。だけと、石橋凌はちがうわけで。これはどうされたんですか。
松田 基本的にはまずマイナスということ、ぼくは。つけ加えることよりも引いていくことのほう。たとえばアクセサリーとかをとっていくことを、今回はテーマにしたんですけどね、芝居することに関して。
だから、片桐にしてもポールさんにしても、芝居してるように見えますけと、要するに、あのままやらしとくと……実際やらしたんですけど、片桐にしても、ヤクザやるとなると、それも幹部やるとなると、東映かどっかで覚えてきた、ドスを利かして目を光らして、眉間にしわ寄せて、肩いからせるというふうになる。それを全部崩すために、とっぷりしたコートを着せて、松葉杖をつかせた。松葉杖つくと、どうしてもそつちに意識がいくかちカッコをつけられない。それでなおかつ足を曲げろと。で、声はハイトーンで、頭から出るような声を出せって言ったら、もうねえ、ガチャガチャになりますよ(笑)。それがいいんですよ。結局、あいつが持ってるものを全部引いたらああいうふうになったんです。
ポールさんもそうです。ポールさんはね、自分が狂気だと思ってるから、目とか。みんなにいつも言われるし。あれ実はプラスに向かっていこうとする狂気なもんだから、いつも狂気をちらつかせてる。だからぼくは「ポールさん、狂気っていうものはずっとうしろ側にあるから、ふだんは普通にしてるんですよ」と。で、こうやって普通に話してて、突然ガーンと、おれ壁たたいたりしたら、ポールさん、ビクッと、なってね。「こういうのが怖いんです」って(笑)。またちょっと油断してると、おれがテーブルひっくり返したりすると、ヒェーッとなる(笑)。そういうふうにしてくださいと。結局、マイナス。
石橋の場合は、初めからマイナスなんですよ。なにもくっついてない。だから、なにもつけなくていいと。いままでおまえも映画見てきて覚えたりしてるんだけども、だれかの映画の真似をしようとか、不安だから、自分の好きな役者のああいうところを真似しようとか、そんなことはいっさい思わなくていいと。セリフもはっきり聞きとれなくてもかまわないから、生理的にいやだと思うことに関しては、好きになるまで待っていいから、むりやり自分で合わせようとするな、ということだけ言ったら、やっぱりぼくが最初にインスピレーション感じた男だけのことはあって……ふだんから人に対する距離感とかね、間合いとかニュアンスとかをものすごく大事にする男でね……その距離感が出たんじゃないかと思うんです。
———いまの三人でいえば、映画のなかでは、いいバランスというか配置になってますよ。
松田 持続力のない人は瞬発力で切りとってやらないとね。石橋の場合は持続力があるわけですよ。片桐とかポールさんは持続力がね、每日変化しちゃうんですね。ちゃんとした人間というか。ご飯食べたりとか、普通の生活みたいなことを演じてきてないから、肩をいからせない芝居になると非常に弱くなるので、そのインパクトのある瞬間を拾ってあげる。結局、それを組み合わせると実にバランスがとれる。そういうふうになってるみたいです。
———そういえばなにかで手塚理美の談話を読みましたね。「松田監督は、プラスの演技ではなくマイナスの演技を要求した」と。
松田 とにかくよけいなものはつけないように、と現場的な時間じゃなくて、人間は充分時間があるわけだから、心がいくまで、その瞬間瞬間の凝縮した部分を大事にしていけばリアルタイムの時間より短くても、映画だったら絶対伝わるからと。今回はマイナスにしたんですけど、ま、プラスもあるわけで、映画はいろいろあっていいわけだから、モロくさい芝居をやることもおもしろいし、今回はとにかく徹底して、そぎ落としていくことを気をつけたもんですから。
———そぎ落としていく演技法というのは、この映画がハードボイルドであることとも関係していますね、きつと。そのことはいいんですが、ぼくは、ちょっとこれは渋すぎやしないかなと感じた。
優作さんの最近の仕事を見てますとね、具体的にいうと『それから』にしても、このあいだのテレビの『追う男』にしても、芝居の仕方がものすごく渋くなってる。その渋いというのをもう少し說明すると、よけいなものを、いまおっしゃったように、どんどんどんどんそぎ落として、鋭く硬くやっていこうとしている。『ア・ホーマンス』の場合はそれが、うまくテンションの高さとして出てると思うんですね。ハードボイルド・タッチにちゃんとなってるからいいんです。だけと、別の言い方をすれば、テンションの高さというのは、見てて…….。
松田 しんどいですか。
———そう、しんどい。
松田 いいんじゃないですかね、三六ですから、まだ。むこうの役者なんて、デビューは三〇からですからね。ぼくなんかはもう二三、四ぐらいでデビューしちゃってるから、ほんとなら息切れしてますよ。だから、二〇代は走って、ファッションでピストル撃ってきたけど、三〇代は、初めてやっと役者に向かわなきゃいけないという、その準備をしてるというか、その練習をしてるというか、まず心のフラットさをいますごく勉強してる。四〇からですよ、むちゃくちゃやるのは。待っててくださいよ(笑)。
———いや、待ってますよ、それは(笑)。でも、たとえば『ア・ホーマンス』という映画については、ぼくが聞いた範囲では、賛否両論という感じがありますね。
松田 いいんじゃないですかね。賛否両論、多いほうがいいですね。
———賛否の否のほうはね、たぶん『ア・ホーマンス』を見て、乗りきれなかったということですよ。
松田 絶対そうだと思いますね。
———それはだけど、乗せたほうがいいんじゃないですか。
松田 いや、まだこんな一本じゃ。いろんなとこでポツポツこういうのが出てきたら、わかると思いますよ。で、なおかつ非常に荒唐無稽であって、でたらめなやつがまたおもしろかったりすると、これがはっきりしてくると思うんですよ。
———ぼくもそうは思います。いまは一般的にいって、易きにつくという言葉があるけど、気楽なものを喜ぶほうにどんどんなってると思うんですよ。ちょっとテンションの高いものがあると、見ててしんどいから敬遠しがちになって、ほんとうの迫力をおもしろがるというか、そういうところへいかないようにどんどんなってきてるという気がします。で、優作さんがこういう映画をつくるというのは、姿勢としては大変そのとおりで、力いっぱいストレートな球を投げたと思うんだけれども、受けるやつがいないと、あと困りますからね。
松田 うん。だれかがやらないと、ねえ。二〇〇年も三〇〇年も生きてやるんだったらね、そらもう少し長く走ったり、もっとむちゃくちゃやってますけど、七〇年でしょ。これからやったって、五〇までやれるかどうかでしょ、一応主役で。あとはポケ老人やったりとかね。かんベんしてほしいとおれは思うわけ(笑)。そのためにいま一所懸命やってないと。もうかまっちゃいらんないですよ。
たとえばね、映画会社が結局、全部ああいうふうになって、撮影所がなくなって、映画俳優は撮影所にいるもんだというふうに育ってきた人たちがいまの時代を嘆いてもね、バトンタッチがうまくいかなかったわけですからね。ぼくらも同じように嘆くことはない。尊敬はちゃんとしてますしね。その当時の風格とか優雅さとか、ゆとりとか余裕とか、ものすごく大事にしてるし、礼儀も大事にしますけど、ぼくらはぼくらの感じ方でそれにつけ加えていかないと、いまをやってることになりませんから。だから、もう、全体の責任だのなんだのということよりも、ぼくたちはぼくたちで。もちろん大事にしていくものは大事にしていってね。相変わらず小津(安二郎)さんの映画はすごいし、溝口(健二)さんの映画もすごいわけだから、ないがしろにしてるわけじゃない。黒澤(明)さんの初期の映画見ても、いまでも感動するし、そういうのをものすごく大事にしてるわけで。
ただ、同じことやってもしょうがないわけですからね、ぼくらは。だから、ぼくらはぼくらの時代の角度を見つけていかないと。それでとやかく言われたってしようがないなとぼくは思いますね。いやだったら見なければいいわけですから。で、あんなやつに撮らせるなというんなら、それでけっこうでしょ。そうなってくれたほうがいいし。どんどん孤立していったほうがいいんじゃないかと思います、ぼく自身はね。
———だけど、それでなにもできなくなったら困るじゃないですか。
松田 いいでしょう。初めからゼロなんですから。しょうがないですよ。ゼロから始まってるんだから、ゼロにもどったって同じことですからね。
———ただね、ぼくが思うのは、松田優作という役者が持っている可能性についてで、いろんな可能性があると思うんですよ。幅があると思うんですよ。それを優作さん自身がこの一、二年ギューッと鋭くしていってる。鋭さはとってもいいと思うんだけど、そのぶん狭くなってるんじゃないかという気がする。
松田 まったく、かんベんしてくださいよ、広くなってるんですから、四〇になったら(笑)。
———いまはその過渡期?
松田 過渡期というよりも……勉強期間ですよ。だって、どこでぼくら勉強できますか、ほんとに。勉強する場所がないし、実際にリアルタイムでやりながら勉強していかなきゃいけない、同時に。たとえばどっかのアクタースタジオでさ、おれたちみたいなプロの俳優でもちゃんと訓練したり、さしてくれるとこがあるんなら別だけど、むこうみたいに。ロバート・デ・ニーロみたいにちゃんと小劇場を持ったりとかできるんだったら別だけど。おれがたとえば勉強のために舞台やるったって、必ず商業ベースになっていくわけ、システムとして。そんなのバカバカしいしね。だから、自分なりに勉強をというストロークを持ってますから。絶対、図に乗ってませんから。
———いや、図に乗ってるとか、そんなことはぜんぜん思わない。
松田 狭くなってるといまおっしゃいましたけどね、マニアックになってませんから、そういう意味では。
———いや、そうじゃなくてね、自分を追い込んでるんじゃないかという気かしてしようがない。
松田 演技って追い込まなきゃ、やっぱりねえ。
———なんというか、もう少しいいかげんさとかさ。
松田 いいかげんですよ、ものすごい。
———いやあ、まじめな役者だと思う。それがね、まじめなのはいいけれども、というふうに思うんですよ。
松田 いいじゃないですか、そんなやつがひとりいても。けっこう町場にはいいかげんなやつがたくさんいるんだから。
———たとえばね『ア・ホーマンス』について、おっ、松田優作のアクション映画が久々に見られるぞ、と思うファンがいると思うんですよ。で、むろんまさか『最も危険な遊戯』と同じものは期待しないだろうけれど、どっかでパーッと派手なアクションなんかが一カ所でもいいからあってとか、思うんじゃないか。
松田 それはよけいな期待といいますかね。
———あるいは見当ちがいの期待というか。
松田 ええ、ぼくにとってはね、すでに。だったらぼくなんか見なくたって、シルベスター・スタローンがいますごいですから、それ見たほうがいいし。ぼくはあんな肉体を持ってないしね。だったら逆に、千葉(真一)さんなんかもっとがんばってもらいたいしね。ほんとは千葉さんすごいから、そっちのほうをきちっとやってもらいたいなと思うんですよ。
———テレビの『追う男』なんか見てましても、渋すぎるほどに渋くって、NHKだからこんなことできるんだなと感心したんですよ。
松田 そうですね。NHKでも大変だったみたいですけど。ぼくはもうテレビやっても同じ気持ちでやりますから。
———民放じや、あんなことできないでしょう。
松田 民放でもやりますけどね、ぼくはね。きませんけどね、仕事が(笑)。
———やっぱり(笑)。そういうときになにか、さっきから四〇になったらと、先のことを言いますけど。
松田 四〇になったらなにかもっとね……。
———そういうふうに先をいつも考えてるんですか。
松田 いや、考えてるというよりも、ぼくはまだまだ小僧だと思ってますから、三〇代は。そしたらいまほんとに一所懸命、勉強してないと。長く役者やりたいですから。死ぬまで映画にかかわっていきたいし、途中から脇にまわったりとかね、ま、いずれなるんだろうけども、それが変にマニアックに職人ふうになっていくのもいやだし、どっかでいつも中心部にいたいですから、そのためにいま一所懸命、勉強してないと。だから、まだまだ四〇、五〇とありますからね。勝(新太郎)さんとか、がんばってらっしゃいますしね。五〇いくつになってもやっぱり中心部でいるから。仕事はないけど、勝さんも。そうでいたいし。だから、いま一所懸命、勉強してテンションを落とさないように、自分なりに。
———そういうことが『ア・ホーマンス』によく出てると思いますね。で、またさきほとの監督・主演ということにもどると、このあいだある仕事で坂東玉三郎にインタビューしたんですよ。彼はいま舞台の演出をやってて、映画の演出もやりたいんですって。でも、映画にはもう二度と出たくないんですって。じや、監督・主演をやればいいじゃないですかって、こちらが言ったんですよ。そしたら玉三郎がすぐ、いや、監督・主演はやりたくない、と。いままで監督・主演の映画を見るたび、どこか風通しの悪さ、息苦しさを感じてきたから、やるんだったら監督だけやりたいと、と。
松田 わかりますね。だから『ア・ホーマンス』は石橋凌のやった山崎が主役になってますからね。人間をきちっとやってますから、山崎は。ぼくがやりたかった役ですからね、山崎は。だから、ぼくの投影ですよ。そのためには対照物がいりますから、そういう意味でデクノボーをひとりつくっただけであって、松田優作監督にとっては、松田優作というむだのないデクの俳優を使わせてもらった。おまえは立ってるだけでいい、というふうに。そうしないとできませんよ。
———それで一本だけ監督やって、こんどは、デクノボーじゃないほうの、石橋凌のほうの役をやりたいということですね、役者としては。
松田 もちろんですよ。ええ。
———いま俳優はどういうところから出てくるかというと、だいたいテレビからが多いでしょう。石橋凌という人は、そういう俳優のイメージとぜんぜんちがいますね。
松田 本格派ですよ。
———ああいう人がロックの世界にいるんですね。
松田 いますって。ロックに対する見方が非常にね、勉強してないからね、映画の人たちが。逆にむしろロックのやつらが映画好きだから、一所懸命見てるでしょう。そのくせ映画のやつらは、ロックを聴きにいかないで、だれかが引っ張り出したら急にあわてて使ったり。そうやってどんどんつぶれていっちゃう。
———石橋凌はどうなるだろう?
松田 あとは本人の問題ですから。やつはロックに命かけてますからね。映画を今回やって、またあらためてなかから尊敬を、映画に対してますます怖さを、わかってきたということでしょうね。それでいいと思いますよ、ぼくは。ほんとにいいスタンスで見てくれるプロデューサーも絶対いると思いますからね。なにか彼とやりたいなという人も出てくると思いますね。
映画は貧乏なくせに贅沢すぎるんじゃない、だいたい。映画自体は非常に貧しいのにさ、そのくせ贅沢しすぎるというか、使い捨てというかさ。昔は何十本も何百本も出て大事にされてきたわけですから、映画スターさんはね。どんなにドへたでもさ、主役で何回も使ってるうちに、ほんとにすごく研ぎすまされていったりする、そういう場所があったわけですから。
———さっき話に出た撮影所全盛の時代にはね。そういう場所のないところから出発したわけですね、優作さんの場合は。
松田 はい、そうですね。
———それはしんどいことだったでしょうね。
松田 最初はそうですね。なにやったって、たとえば「遊戯シリーズ」やったって、日活の無国籍アクション、小林旭に勝てないとかさ。おれは小林旭が大好きだから、ほんとに好きで好きでしようがなかったから、そう言われてもしようがないと思ってきたけど、やっぱりそういう目で見られていくというのは……。たとえばぼくが日活の撮影所にずっといたらね、また別の苦しさがあったかもしれないけど、そういう風当たりはなかったと思うんだね。またちがう角度でつくってたと思うんだけど。すぐ比較するというのがね。時代を隔ててすぐ比較しちゃうでしょ。情けないというか。
一時、だから、泣いたことありましたけど、もう泣きませんね、はっきりいって。二ューヨークヘ『家族ゲーム』のときに行って、もう泣いたってしようがねえ、あっちとレベルはそんなに変わっちゃいねえなと思った。
———今回、監督をやることになったとき、いろんなことをまわりから言われたんじゃないですか。いちばんひどかったのは、どこかの週刊誌が“天才伊丹十三の真似をする”といったふうの書き方をしてた。
松田 “役者風情の松田優作が”みたいなね。見てから言えと。見てからだったらしようがないです、そう言われてもね。
———そういうこと気になりました?
松田 いえ。それはもうぜんぜん。どうせ言われるだろうと思ってたから。そんなことよりも、そういうことでスタッフのテンションが落ちるのが非常につらかったし、前の監督を変に傷つけたりすることがちょっとつらかったもんですからね。それさえなければ全部おれは、初めからそのつもりでしたから、責任は全部こっちにくるだろうと。かえって逆にスタッフが、バカヤロウというんで、テンションをすごく持ってあたってくれたんで、幸せでした、結果としては。
———撮影日数はどのくらいだったんです?
松田 一七日です。
———よくやりましたね。
松田 よくやったですよね。徹夜徹夜で。
———ぼくなんかは、優作さんが監督すると聞いたとき、うん、そうだろうな、と思いました。最近の仕事ぶりを見てると、監督をむしろやってみるベきだと思ってたから。
松田 それを逆に、わがままやったりとかね、そういうことをしてるというふうに。監督とけんかしたりすることのほうが、ゴシップのほうが先行してたと思うんですね。だから、わがままな生意気な松田優作が監督をクビにして、自分が好きなように撮るために、とか。映画なんて好きなように撮れるもんじゃないですよ。何百人が動いてるわけだから、宣伝もなにも全部ひっくるめてね。現場だけでも四〇~五〇人は動いてるわけですから、そんなわがままで撮れるもんじゃないですよ。
———さっきの週刊誌でいえば、決定的なひどさは、伊丹十三にはなにかこう知的な部分があって、映画はそういう知性とかなんとかがあればできると思ってることですね。
松田 一般的な教養知識をそのまま映画にもあてはめてるタコがいるわけです。まあ、しようがない。そんだけ映画に対する認識不足なんですね。
———ふざけた話ですよ。
松田 マスコミ関係に関していえることは、映画というものを尊敬してないということ。てめえらがどれほど映画で青春を謳歌してきたかということを忘れてしまってるんです。彼女とデートするとき映画見にいったとかね。情けないですよ。
———今回、よし、優作さんの監督でいこうと決断したのは、黒澤満プロデューサーですか?
松田 そうです。
———大したもんですね。
松田 すごいですよ。あの人は前々から「一回撮らなきゃいけないよ」と言ってたんです。ぼくは「かんベんしてくださいよ。絕対、おれ、そんなのないんだから」って。
———これがチャンスだと思ったんですね。
松田 でしょうね。はめられましたね(笑)。
———だけど、またやったっていいじゃないですか、監督を。
松田 チャンスとタイミングというのは、ほんとに、これがいちばん肝心ですからね。いくらお金があったとしても。チャンスとタイミングと題材も含めて……。
———いろんな条件が……。
松田 ええ、そうですね。ぼくら役者には監督さんは先生ですから、ほんとに、教えてもらって、こういう角度が君にはあるんだぜ、だから、こういう役を君に与えてるんだというふうにしてくれなきゃ、映画って成立しないとぼくは思ってるんですよ。だから、このイメージにぴったりだから、おまえを使うとかね、それは役者に失礼だと思うんですよ。役者はなんでもやんなきゃいけないんだから。なんでもできないと役者じゃないんですから。だから、そういうふうに向かってきてほしいし、ぼくらも向かっていかなきゃいけないわけでしょ。
だから、森田(芳光)監督なんて、ほんと『の・ようなもの』のあと二本ぐらいしか撮ってなくて、ボーンときたわけですからね、ほかの監督が黙ってるときに。いくつかおれに対するイメージは持ってても、で、半分以上はやれないんじゃないかと思いながらも、どうだろうかときてくれたということは、ぼくにとってはあるきっかけができたということで、非常に森田監督に対しては尊敬と、その男気をね……。
おもしろいと思うけどね、組み合わせを考えると。たとえば長谷川和彦監督で(高倉)健さんを撮るとか。高倉さんを、ああいう健さんじゃなくて、もっとちがう角度でやらしてみせるというとか、そういう組み合わせ、ものすこくおもしろいと思うんだ。
だから、ぼくはやつぱり固定したイメージを持たないで、とにかくなんでもできるんだということをいま三〇代でやっておかないと。
———いま、そういう組み合わせを冒険的にやってみるプロデューサーが、まったくいないんでしょうね。みんな安全センばかり狙って。で、コケてる(笑)。
松田 森田監督も言ってたんですけど、おれと二本ヒットしたわけでしょう。みんながやらなかったようなことをやってね。でも、話がこないわけだから。単品ではきても、ふたりでやってほしいという金を出す人が。
———不思議ですねえ、それは。
松田 なにをビビッてるのかね。それを考えると不信になってくるんです。だから、もういい、いい(笑)。実際こういうのと話だけでもしてみようとかね、それだけでもいいんだけどね。
———へえ、話はいくらでもあるのかと思ってた。
松田 一時はこっちがむりやり会いにいったりしたんですけどね、話してる途中から逃げていくんです、どんどん(笑)。突っ込んで話するでしょ、ぼくなんか。どんどん逃げてって、まあ、飲みましょうなんていう話になっちゃって、もうダメなんだね。飲み始めたらもうむちゃくちゃ言っちゃうわけ、おれなんか。てめえなんかプロデューサーじゃねえとか(笑)。
———そういう意味では、ほんとにがんばってる人には、あんまり声がかからない。
松田 うまくできてますよ。非常に正比例してるね(笑)。
———森田芳光なんか、その、ぎりぎりのすれすれのとこで勝負し続けてるんだろうという気がしますよ。いまの日本映画をずっと見てると、結局、プロデューサーも、監督も、俳優もスタッフも、大部分の人が映画が好きだといってるんだけど、いやあ、ほんとうかなあと、まず99パーセントぐらいはそんな感じしますね。
松田 ぼくもそう思いますね。ほんとうに99パーセント、認めてませんね。
———ほんとに映画好きというのは、たとえば映画の仕事を恐れるとか……畏怖の心ってあるじゃないですか、そういうものがないと好きなんて言えないですよね。
松田 怖くないとダメですよ、やったって。怖いものですもん、やっぱり映画は。
———『ア・ホーマンス』には基本的に、場所を特定してなくて、時代だって特定してないことといい“風”さんの実体といい、近未来的ムードがありますよね。だから、ぼくはすぐ『ブレードランナー』をチラッと思い浮かべた。
松田 ぼくはあれ見てないんです。
———あのムードに似てるところがありますね。
松田 らしいですね。『ターミネーター』とか『ストリート・オブ・ファイヤー』とか、それも見てないんですよ。あまり感じなかったもんだから、あのへん。
———見てなくても似かよっているというのは、どこから出てきたんでしょう。
松田 レベルは同じなんじゃないですか、もう。
———同時代性があるんですね、国がちがっても。
松田 ええ。大したことないんですよ、むこうなんて。はっきり言いますけど、ぼくに言わせれば、同じですよ。ただ、映画に対する尊敬の度合がちがうから、それだけ浮かび上がってこないだけであって、観客も全部含めて。それをなかから見てるやつらもいいかげんだから。だから、同じなのに、なぜ同じ市場に乗らないのかというのが、これから永遠のテーマなんだけど、ぼくらにとって。
基本的には、たとえばぼくは日本のSFを見たいんです、むこうのSFばっかりだから。金をかけるったって程度が知れてるし、金属感を出してもベニア板でさ、ほんとの金属を使わないしね、いくらやったって、どんなにSFといったって、絶対SFじゃないもんね、この国のやつは、どうしても。だから、ぼくは憧れとしてね、金を使わないでもSFニュアンスが出せることを試してみたわけです。見たいんです。ぼくはSF撮れないけど、二ュアンスは今回出したけども、だれかがSFをね……ほんと頭があるから、レベルは同じだし、ちょっとした角度を持てば、すごい硬質な金属感を出せると思うんですよ。スーパーフィクションというのをね、もっともっと知恵を働かせれば。そういうことをなぜやらないのか。SFやるには相当、集中力がいるから。そういうことをしてもらいたいなと思いますよ。
———だけど、普通はSFというと、なんか変わった仕かけをやって、そういうもので見せるもんだと思うんですよね。
松田 そういうことも全部、取っ払わないとねえ。頭、痛いですよ、ぼくは。
———あれ?突然プロデューサーみたいな言い方になるじゃないですか(笑)。
松田 だって、いまは映画全体を見つめたりしてないと、映画は恐ろしくて。どんどん映画は先行しちゃいますから。時代に取り残されていくのはぼくらであって、映画はどんどんどんどん先を行ってますからね。それを、ぼくらは、しがみついてでも自分たちのスタンスに持ってくるようにしないと。そのためには、相当ぼくらがいろんな角度を持たないと。音楽的にも、監督としても。カメラを勉強したりも、カメラマンをやるわけじゃなくて必要なことだと思いますよね。それは総体的にいって、美意識をみがくといいますか。
———“風”さんという人物はデクノボーにしたと言われたけれど、ぼくなんか見てると、石橋凌の山崎がいて風さんがいて、最後のほうになると、やっぱり“風”さんが軸として見えてきますね。
どういえばいいのかな、いまある文明をもうちょっと先へ進めたらどうなるだろうということがフッと見えて、そのときに感情でいうと、ああ、なにか悲しいなあという感じが、デクの“風”さんに出てるような気がするんですよ。
松田 いや、ありがたいですね。
———だから、単なるデクノボーではないわけで。
松田 それはぼくもやっぱり十何年、まじめに役者やってきてますから、なにもしなくても、やっぱりにじみ出るものがあるんじゃないですか(笑)、立ってるだけでも(笑)。
———それで、その悲しみとか近未来とかときっと関係があると思うんですけれど、この映画は一種無国籍なムードでありながら、必ずしもそうじゃないんですよね。阿木燿子が出てくる一連のくだりね、あれはどこで撮ったんですか。先ほど話に出たベトナムふうの屋台かザーッと並んでるところ。
松田 埼玉です。昔の石切場があるんです。
———そこへ店をつくった?
松田 ええ、ベトナムの市場を。
———じゃ、あんなところは現実にはないわけですね。
松田 ないです。だから、できるんですよ、いくらでも、やろうと思ったら、ちよっと頭を働かせて。
———それから、阿木燿子の膝で“風”さんが胎児のような格好をして眠ってますよね、大きな木の根っ子のところで。
松田 菩提樹といいますかね。
———そういうところとか、音楽ね、なんかシャカシャカ、シャカシャカという音楽……。
松田 シタールですね。
———その音楽といいね、すベてこれはアジアの世界だと思うんですね。
松田 そうです。音楽も東南アジアをすごく意識して。それで、まあ一応こじつけの“風”の履歴書はね、ある程度つくるんですけど、べトナムの傭兵だったということにしてね。そうするとやっぱりベトナムの音楽を使いたいなというのが漠然とあって、それで奈良君と羽山君にべトナムのレコードを集めさせて、聴いたらね、和太鼓はある、三味線の音はある、老人がたたいたり弾いたりしてるんですけどね、あれっと思ってね。最初、おれは、日本でべトナムのニュアンスでつくったレコードなのかなと思ったら、ちゃんと……。
———むこうのほんもの?
松田 ええ。だから、ちゃんとむこうから流れてきてるんですね、日本ヘ。沖縄の蛇皮線の音ありね、木槌のポコポコする音とかね、日本のニュアンスとほとんど同じです。ということは結局、べトナムの先、インドから来てるんですね。
———だから、この映画はね、ぼくはさっき『ブレードランナー』と似てると言ったけども、一見そういうふうに見えながら、欧米ではなくて、日本、東南アジア、それを通じてインドという方向へ向いてるような気がするんですよ、においとしては。
松田 はい、そうです。ちょうどぼくは……こんな話はしたくないんですけど……『それから』を終わってちよっと、まあ、個人的なことなんですけど、あるキャパシティを超えたんじゃないかという妙な、頭が一回転したというか、変な具合になってしまって、死ぬんじゃないかなと思ったり『それから』を終わって、何カ月間かそんなふうになったんですけどね。それで自然に、宗教じゃないんですけど、仏教書とか、そういうのを少しずつわからないなりに読み始めて、なんかこう仏陀というのが自分のなか仁感じられるというか、そういうニュアンスがあったから、たぶん偶然なんでしょうけど、そこヘ気分がいったんじゃないかと思うんですけど。
———別に意識してやろうとかいうんじゃなくて、だけど、自分の意識としてはそれが合ってたということですね。
松田 ええ。ぼくらがいまほんとに戸惑ったり悲観してるときにほしいものというか、無風状態のときにどこに行けば、どこに風が吹けばいいんだろうかというときに、フッと救われる思いというんですかね、そういうものを“風”に託せないだろうかと。
そばにいるだけであったかくなったりする人とかね、仏陀の修行の道行きを見てて、そばに近寄って涙を流したりするようなことってありますよね。ぼくなんかも、おふくろが死んだときにやっぱり、親戚に宗教家のおばさんがいたんだけども、いままで、ふだんはなんでもなかったんだけど、おれたちどうしたらいいんだろうかと思ったときに、宗教家のおばさんがそばに来たとき涙が出てきちゃって、おばさんがいてくれたんで助かったという、非常に救われるような思いがした。一瞬ですけどね。やっぱりなにかにぶつかったり不安になったりとか、死にそうな気持ちになったりするときって、父や母だけじゃなくて、別の、それが宗教なのかよくわからないですけど、一瞬でもいいからそういうものが、救いがほしい。別に助けてくれとかそういうことじゃなくて、フッと気が休まる。そういう瞬間が“風”じゃないかと、なんとなく自分ではそういうニュアンスにしたんです。
———そういう心のベクトルが、この映画の場合、キリスト教的なものというか、西洋のほうに向いてなくて、東洋を向いてる、アジアに向いてるということが、ぽくには興味深いですね。
松田 キリスト、ぼくはあまり興味ないんですね。仏陀は人間から、人間の心のなかから、人間の心のなかを追求していってああいうふうに出た、むこうへ上がっていったというか。キリストは上から下りてきた人だから。たとえば、いま、むこうのシリコンバレーだったかで、科学者たちがコンピュータに打ち込んでるのは仏教。キリストは興味ないんです。よくわかるね、そういうことが。人間のこまかいひだみたいなところまで仏教に感じる、仏陀に感じるというのは、ぼくは漠然ですけどね、非常に感じるんで。
ここ何年間、小僧ですけど、人間を自分なりに演じてるうちに、なんかもっと細かい神経みたいなものを、ぼくらは生きてるあいだにいくつか確かめなきゃいけない、人間としてね。それはたまたま役者というえらい商売にかかわってる、それをやりながらいろんな人間の心変わりをおれなりに演じていければいいなと思ったもんですから、当然、行き着いたことになると思うんですけど。
———ハードボイルド・タッチの映画で近未来でヤクザが出てくる話で、なおかつそういうのがあるってのはおもしろいですね。
松田 だって『ディア・ハンター』だって、全部あるでしょう。メリル・ストリープとのメロドラマもあるし、耐えてる女もあるし、家族というファミリーのこともあるし、ロシアの移民たちの話であったり、親子の関係とか、またアクションあり、友情とか、全部入ってるじゃないですか、映画に。この国ぐらい細分化してパーツ分けしたがるというのは珍しいんでね。パーツ分けしたものはあってもいいんです。カンフーならカンフー、チャンバラならチャンバラって。だけど、全部いっしょになってコングロマリットになってる映画も、もちろんあってもおかしくないと思うし、当然だと思いますしね。
人をつなげていくと、いろんな要素が組まれてくる。結局、そうなるんじゃないですか。けんかもするし、恋もするし、仕事も全部ダメになるし、こどもも捨てるし、十何年連れ添った女とも別れるし、一九の小娘を追っかけるしとかね(笑)。
———そういう意味では『ア・ホーマンス』は、監督だからということがあるので、まるごと松田優作の現在をいろんなふうに見せてる映画だろうなという気がしますよ。
松田 ぼくがどこにいるかということよりも、ぼくがいまつくりたいアクション映画だったもんですから、こういう映画。今後もね、まだまだおもしろいですから、映画は。
———だから、ぼくなんかは『ア・ホーマンス』はいいけれど、これで優作さんが固まってしまうことがもしあれば、それはちがうだろうと。
松田 それは杞憂ですよ。ぼくは松田優作という名前があるから、役者でここ何年かやってきてるから、そういうふうに思ってくれるのはうれしいですけど、新人で名前も知らない人だったら、なんてやつだと思ってくれるはずでね。どういう考え方をしてんだろうかってね。松田優作なもんだから、ある履歷書みたいなものを知ってるから、皆さん。
ぼくは今回、監督だったから、ぼくのイメージでつくるわけでしょ。だけど、こんどたとえば鈴木清順監督だったら鈴木清順さんのイメージのなかにぼくらは取り込まれていくわけだから。そういうふうにしてつくっていくもんでしょう。当然その関係のなかで、すごい持続力と緊張とテンションの高さを、鈴木さんがぼくに与えてくれると思うんですよ。
その緊張にぼくは応えていかなきゃいけない。それは永遠にあるわけですから。
———しかしどうなんですかね、そこまで映画のことをつきつめて考えてるとね、この次やる監督ってあんまりいないですよ。
松田 います。います。
———そうかなあ(笑)。
松田 大丈夫ですよ。
———むろん何人かはいるけれど、ごく少ないですよ。
松田 それは確かですけど。しようがないですよ。監督も勉強してくれないと。やっぱり勝負してもらいたいですよね、いつでもね。
キネマ旬報○1986年10月上旬号