モリタ・フィーバー・イン・ニューヨーク 【対談】森田芳光+松田優作

【1984年12月】

松田 二ューヨーク空港のロビーでさ、係員が来ての“ヨシモト、ヨシモト”っておれのこと言うんだよ。

森田 えっ、ほんとに?

松田 ほんと、ほんと。最初、ピンとこなくて、なに言ってんだろうなって思ったら、まわりにいたスタッフが“吉本”だよっていうから、あっそうかってね。で、サイン欲しいっていうから、おれ、ふだんはやらないんだけどしちゃったよ。

森田 よく役名、覚えてるな。

松田 “マツダ”って、字が出てくるだけじゃない、でもヨシモトは映画のなかで何回も言ってるからだと思うよ。

森田 それはすごいわ。

松田 ハイになっちゃったよ。

森田 ニューヨークで評判になってること、徐々にマスコミにも知られるようになったね、きょう(10月24日)も、音楽雜誌の人にインタビューされた。ところで『家族ゲーム』カット事件、大変な反響ですよ、どっか行ってたんでしょう、知ってる?

松田 知ってるよ。温泉に行ってて、旅館の人たちといっしょに見たの。バンザイしたね。前半ちょっとカットしてたから、だから、やめたのかなと思ってさ、権力に負けて。そうしたら、最後、スッパリ切ってたから、気持ちよかったなあ。

森田 ノーカット版を日本テレビが再放映したら、これは快挙だと思うんだ。

———ということで『家族ゲーム』のニューヨークでの大反響をお聞きしたいのですが。

森田 ぼくが最初にニューヨークに行ったのは『メイン・テーマ』を撮り終え、これがぼくの第一段階の総決算という気分だし、第二段階に備えるためにアメリカに行ったほうがいいとみんなに言われ、じゃあということで、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークへ行ったわけですよ。それで外国に行くことが話題になったらしく、むこうにいる葛井さんから連絡が入り『家族ゲーム』が四月に一度上映され、評判になっているし、九月には大都市で一般に興行されるというので、取材を頼むと。それで、むこうに着いたらほとんど取材で、まるで遊べなかった。ウィンセント・キャンビーの記事もあったけど、すごく興奮しているの。そのすぐあとに、ジャパン・ソサエティが日本の若手作家の特集をやるときに、オープニングでも上映されることになり、来てくれないかってことになって、優作さんとふたりで行くことになった。それでまた取材攻勢で、一般公開初日の上映をふたりで見て、大喜びしたということなんですね。

松田 『家族ゲーム』が日本で公開されているころ、葛井が日本に来て、彼は『人間の証明』の助監督だったから、久しぶりということで、よく来てくれたと挨拶して『家族ゲーム』見てもらったら、ぶっ飛んでね。で、ジャパン・ソサエティのヤング・ディレクターズ・フェスティヴァルで、ぜひ『家族ゲーム』をやりたいということだった。

———それで、一般の公開と、ジャパン・ソサエティのオープニング上映が続いたわけですね。あのリンカーン・プラザ3の写真、1はエリック・ロメール、2がゴダール、3がヨシミツ・モリタ。あれは一般公開ですね。

松田 いやあ、あれはちょっときたね。一瞬だけ、すぐおれの名前がないんでくやしかった、役者はツマなんだなと(笑)。でも、あれはすばらしかったよ。日本映画専門館みたいのあるじゃない、そういうところだと思ってたから。

森田 すごくいい環境だった。二回目の回も行ったのね、八時の一回目がソルド・アウトで、みんなで乾杯してめし食って、二回目がどうか、10時の回に行ったら、それもソルド・アウト。抱き合っちゃったもんね、思わず。10時の回がいっぱいにならなかったら、あす、ここでビラまけと言われたもん、配給会社の人に。おれ怖かったね、やっぱりビラまかなきゃいけないのかと。

松田 こうやってしゃベってると、はしゃいでると思われるけど、おれたちは絶対にはしゃいでないから。むしろ、当然だなという気分と、そしてやっぱり前ヘ進んでるんだなというのを確認してきたというかさ。森田なんか、遠くから劇場に近づくたびに硬直してるわけ。おれもうーん、どうなるだろうと思って、車が止まると、イルミネーションの看板に、ゴダールと森田がでっかい同じ文字で並んでいる。

———『家族ゲーム』がニューヨークで理解されたというのは、どういうことからだと思いますか。

松田 吉本に限らず、あそこに出てくるキャラクターの人たちは、最初からおれたちが言ってたように少し浮いている。だから、ディテールとしては団地に住む日本人の普通の家庭生活になってるけど、映画自体が少し曲がっているところを、まんまストレートに感じられたということだろうね。シュールだっていう部分、そのまま感じているわけ、なんの抵抗もなく。日本人的なセンチメンタルなものはほとんど排除して、さらに少し曲げてあるものを、そのままちゃんと見ているということね。

森田 ぼくは前向きだということだと思うね。前向き前向きにとらえている、それがニューヨーカーにウケたというか。表現の形式も前向きだし、役者も前向き、監督も前向きだからね。自分にとって自信がついたのは、役者に対する演出とか、間とか、松田優作というキャラクターだって、本人もそう思ってたらしいけど、主演男優賞が取れるとは思ってなかったのね。自分ではいい演技だと思っても、感情を激しく吐露するというか、そういうものが主演男優賞の歴史だったから『家族ゲーム』で松田優作が主演男優賞をもらったということは、日本人の人格が変わったと同じぐらい驚異なことだと思うんですよね。グローバルな人格というか、ドライで、批評精神があって、ユーモラスで、前向きでという、だれでもが映画に対して拍手したくなるような前向きな人格ですよね。時代劇や芸者が出てこなくても、むこうはわかっているんですよ。満席だったから、いちばんうしろの手すりにもたれてふたりで見ていたわけ。そしたら日本の反応より全然いいんだよね。

松田 よく解するとか、そういうんじゃないんだけどもさ、彼らの遊び方が『家族ゲーム』を見たときに肌合が合うというか、日本人がこういうのをつくるという驚きはあっても、始まったらすっと入ってね。反応は非常に軽やかだし、かまえちゃいないしさ。帰ってから(桃井)かおりや(原田)芳雄と話したのね。だけどわかんないんだよ、どういう反応したのか。かおりは、しょっちゅうニューヨークへ行ったりして、あっちの感触をよく知ってんだけど、それでもこの状況ってのは完全に理解できないと思う。二ューヨークタイムズに批評を書いてるヴィンセント・キャンビーはちゃんとわかってるから。キャンビーの批評家スピリットを目のあたりに見てくると、納得できるけど。彼らはテレビなんかに出てこないし、プライベートに役者に会わない。ただ、映画を見てまっすぐに批評して、それを読んで客が見にいく。それでかなりのお金を稼げるという、金銭的な問題がこの国にはあるし、いい批評家の人もいるけど、この人が書いたらお客が来るとか、みんなが話題にするということは、まずないでしょう。それが同じ条件にあてはまらないから說明しにくいんだよね。ま、この国は、去年の一番はもうおしまい、ことしはなにが一番になるだろうってところでしょう。

森田 あっちの批評家だって一流、三流、五流といるんだから、全部が全部ほめてくれたからよしとはしませんよ。ただヴィンセント・キャンビーの言ってることというか、要するに日本の家族がわかるとかどうのこうのということじゃなくて、映画の本質的なことについて洞察していることですよね。むこうに通じるということは、生活をわかりやすくするとか、意味としてじゃなくて、演出とか演技だということ、そういうことを徹底すれば、どんな話だってわかると思う。

———日本的なものじゃなければウケないんじゃないかということもないわけですね。

松田 ウケないというよりも、そういうもんだと思ってるところがあるんじゃないか、むこうもこっちも。でも、意外にそうじゃなかったりしてるわけだから。

森田 日本的なオリエンタルなムードを出さなければいけないということはないんだね。観客が大喜びしたのがいちばんうれしかったね。それも、間とかおれのセリフで笑ってんだよね。動作とかカメラワークとか、編集なんかにね。配給会社の人は予想した数字の二倍だってね。60パーセントぐらいの入りを予想してたらしいんだよ。おれはいままでの映画で、初号試写のとき、配給会社や製作者にヒットするって言われて裏切られてきたからね。つまり、おれも含めて願望が入っちゃうんだけど、今回はだから悲観的にとらえていたら、ソルド・アウトでしょう。初日からソルド・アウトなんておれの映画で初めてだよ。

松田 『の・ようなもの』もそうだけど、風景を描写しているカットが非常にあるでしょう、ああいうのは、この国にいればわかりにくいけど、むこうで見ると日本がわかるんだよね。よこしまな誤解も解けちゃうというか。

———よこしまな誤解というのは。

松田 芸者をあげて、木の枠の家とかウサギ小屋に住んでるとかっていうニュアンスが、もうひとつステップアップするというか、ちゃんとああいうのがあるんだから。なにも别に設定に苦心しなくたって、日常にいくらでも転がってるわけさ、そういうものは。それはあくまで背景であって、たとえば森田が日本を愛してる心だったり、日本という街を愛してる心だったりするから、おれはむこうで「ああ……」と思ったりしたんだけどさ。おれはああいう画(え)は捨てたくないという自分の気持ちのなかで、えらく感動してさ。そういう意味では切り口はオーソドックスだと思うね森田は。

———おもしろいものはそのまんまおもしろく見られるんですね。

松田 それがいちばんむずかしいんだよ。

森田 でも『家族ゲーム』の記者会見のときに「世界的な作品にする」と言ったおれの考え方は、いったいなんだったのかなって考えるね。

松田 自分で言わないほうがいいよ、そういうことは(笑)。

———あのとき“世界の森田”って言ってましたね。

森田 まだニューヨークの森田ぐらいですね。でも、ニューヨークだけでアメリカ人一万人以上が『家族ゲーム』を見ているんですけどね。

———これからほかの町でも公開されるんですか。

森田 ワシントンDCが始まりました(11月現在、ニューヨーク、ワシントン、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ボストン、シカゴで上映中。バラエティ誌のランキング入りも確実といわれている)。

松田 ロサンゼルスもやってる。アカデミー外国語映画賞にノミネートされる資格がないっていうのが残念だったけど。

森田 愕然としたよ、おれは。どうしてですか。

松田 『南極物語』と公開年度が同じだから、ダメなの。興行会社の人も、批評家も、出ればみんな取れるって言ってたね、レベルがちがうって。

森田 まあ、ここで取っちゃうとピークだと言われますからね、だからいいんじゃないの。アカデミー賞は取りますよ。外国語映画賞じゃないですよ。

———当然、アメリカで映画をつくろうという話も出たんですか。

松田 やるっきゃないっていう話ね。

森田 アメリカ映画をつくるつもりだよ。そのとき松田優作をキャスティングするかどうかわかんないけどさ。

松田 捨てんなよ、おれを(笑)。

森田 英語を覚えてくんないと困るから。

松田 急に言うなよ。むこうのやつらに言われたとき、大丈夫ですよって言ったじゃないか。

———監督も演出するには多少の英語やらないとダメなんじゃないですか。

松田 監督はいいんだって。

———一般の劇場で、普通のお客さんでいっぱいになるというのは、文化の高い町なんですね。やっぱり新聞の批評が効いたんでしょうね。

森田 だと思うね、それじゃなければ日本映画なんて。

松田 やっぱりキャンビーでしょう。

森田 また大人ばっかりだったね。ぼくなんか帰ってから言ってることは、日本映画界は夜の回をなんとかしろってことね。八時とか一〇時とか一二時とか、そうしなくちゃ大人の観客は増えないしさ、当然、それに対する大人の映画も增えないし。だってぼくのところにくる仕事の80パーセントはアイドル映画じゃどうしようもないでしょう。

———多いですか。

森田 多いですよ。ぼくは日本を代表する作家ですよ。またこの前、二ューヨークに行ったとき、四週目だったの。でニューヨークタイムズに“今週のおすすめ”欄というのがあって『ソルジャー・ストーリー』と『家族ゲーム』なのね、びっくりしちゃった。

———それじゃお客は行きますね。セコいことを聞きますが、むこうでヒットすると監督に還元されるんですか。

森田 されない。そういう契約してないから。おれ、金なかったから『家族ゲーム』撮ってたころは。流行監督じゃなかったし。『ピンクカット』の次だからね、現金が欲しかったから。

松田 今回、おれは意識の確認ができたね、どっかで。それはやっぱり、自信というよりも、おこがましいけど、自分でやっていくということが、確認できたということで、自分のなかで。正直な話、うれしいなっていう。だから、別に偉そうな話はなにもないし、単純なことしか出てこないのよ。あの野郎がバカで、この野郎がアホでとかいうことしか出てこないの。むずかしい話は出てこないのね。そんなことが、今回、確認できたと思う。

キネマ旬報○1984年12月上旬号

《松田優作、語る》

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