【1986年10月】
構成◉勝見 明
———今秋、公開の『ア・ホーマンス』という映画。高等遊民を好演した前作『それから』の文芸調とはうって変わって、久しぶりのハードボイルド・タッチですね。松田さん自身があたためてきた企画だそうですが、製作途中で監督が降板、主演の松田さんが自ら初めてメガホンをとることになった。そのヘんの事情から。
松田 端的にいえば、角度のちがいですね。人間をどういうふうに撮るかという。ぼくが考えていたのと、どんどんちがっていったもんですから。
———角度といいますと。
松田 たとえば、その人が昔から持っていたものを含めて、全体像としてとらえるのか、いま、感じていることだけで見るのか。いろいろちがうでしょう。
———松田さんはどの角度から。
松田 やっぱり、とっかかりとしては、まず、引きずっているキズからでしょうね。それをいまという時間のなかで、どう消化しようとしているのか、どう背負っているのか。
———キズ……。
松田 キズといいますか、だれでもありますよね。もともとがね、どこから生まれてきたのかわからないのですから。
———それは松田さんの生き方とダブるところがあるのですか。
松田 ぼくは……バカですからね。もともと破綻してますから。
———バカというと。
松田 距離っていうのか、こっから先は危険だな、この安全圏のなかでぎりぎりヤバいふりができればいいなってうまくやっているやつがほとんどなのに、ぼくの場合、とことんやってしまうもんだから、どうしても安全な距離を踏みはずしちゃって、破綻してしまうという。
———“車間距離”というか、当たらずさわらず、やっていくのが大人の安全な生き方。
松田 俗に“善人の安全距離”というんですけど(笑)。
———それができないのは。
松田 まじめなんでしょうね。世の中に対してではなくて、自分が感じるものに対してまじめなもんだから。いいか悪いかは別にしてね。だから、迎合したり、常識にきっちり合わせたりすることができない。
———それをわがままとか、自分勝手だとか言われませんか。
松田 結果だけ見て気ままだとか、勝手だとか言っているかもしれないが、てめえらのほうが、もっと勝手だなと思いますよ。都合のいいことだけやって、なにかあったとき、突然あわてふためいたりね。なにを思われたって、別にぼくは、どうぞご勝手にって……。
———そうすると、仕事面でもはずされていったり。
松田 どんどんはずされていってんじゃないですか。いろいろありますよ。口では言えないことはね。大したことないですけどね。
———敵も多い。
松田 あんまりぼくは、誤解されたりとか、中傷されたりとかすること、どうってことないですからね。ただまじめにやっているだけです、とことん。
———まわりはあまりまじめにやってない。
松田 たとえば映画というのは、みんながそれを見て愛を感じたり、痛みみたいなものを感じたりするものでしょ。そういうことをおれたちははたして投影できてるのかどうか、映画のうそのなかでぎりぎりのところまでやらなくてはいけない。そのためには、短いあいだに集中してやらなくてはならないことがたくさんあるんです。ところが、そういうことに、みんな飽きちゃうんですね。
———松田さんの場合は。
松田 撮影中は仕事から離れた日常生活なんかないですよ。めし食うくらい、死なないために。
———その日の撮影が終わって、ホッと自分の時間にもどるということは。
松田 ありませんよ。すぐまたあすのこと考えますから。
———二四時間、仕事に没入している。
松田 ええ。しんどいですよ。死にそうになりますよ。頭おかしくなっちゃいますよ。だから、ひとつの仕事を終えると、ひとつの人生やったみたいに疲れて、社会復帰にえらく時間がかかります。で、もどっても、いったい、もとの自分にもどったのか、前のおれだったかどうかわからなくなっちゃう。
———そういう松田さんを理解して、支えてくれる仲間もいるわけですね。
松田 いませんね、仲間なんて。先輩でも後輩でも、同じくらいなやつでも、緊張できる関係がいいわけで、そういうのは仲間っていうんじゃないですよ。ナアナアで仲間だからかんベんよっていうのダメなんです。
———そうすると、いっしょに仕事をしたいと思うのはどういう人ですか。波長が合うというか……。
松田 波長は関係ないですね。生活は波長の合う人間とするものでしょうが、仕事は自分とちがうリズムの人間とやったほうがおもしろい。仕事では感性がぴったり合いたい。
———感性というとフィーリング。
松田 そういう表現は古いですね(笑)。
———今回の『ア・ホーマンス』では、相手役の若いヤクザに「ARB」というロックバンドのリーダー、石橋凌さんを抜擢していますね。冒頭シーンで石橋さんがヤクザ仲間に「おまえ、いい顔になったな」といわれる。男にとって“いい顔”とはどんなものなんでしょうか。
松田 てらいなく心が出ている人じゃないですか。猜疑心とか、臆病とか、腰が引けていたりする人は、それが顔に出るからわかりますよ、ああダメだなって。心を出し惜しみしないで、むき出しにしている人は、いい顔していますよね。チャッコイやつっていうのは小出しにするんですよ。
———松田さん自身は“いい顔”してますか。
松田 それは、役者が自分の口から言うことじゃないですよ。
———言われたことはあるでしょう。
松田 ありますよ、昔。でも、言われてみると、なんかガキあつかいされたみたいでね。相手のほうがもっと世の中見ている感じで、恥ずかしいというか、くやしいですよ。それじや、そっちのほうが上なのかよって(笑)。
———でも“いい顔”は、いい男の条件ではあるでしょ。
松田 ぼくは、いい男とかどうとか、あまり興味ないんですよ。なにかどこかちよっとイノセント(無垢)だったり、フリーク(風変わり)している部分があったり、肉眼ではちよっとわからないんだけど、仕草でも、しゃベり方でも、なんかリズムがちがっている、どこかつまずいたりしている、破れている、そんな人って、男でも女でもチャーミングに見えるんです。
———世間一般の尺度からいったら、ちょっと普通じゃない感じですね。
松田 それが普通だと思うんです、ほんとうはね。世間一般というのが得体がしれないでしょ。入り組んだタブーが多くて、これはダメっていうから、そつちはいいのかっていうと、それもなんやかんやいって……。考えると頭、痛いのね。アホらしくて。
———松田さん自身、男っぽいとか、男らしいというイメージがありますが。
松田 別に、男は男ですからね。らしかろうとらしくなかろうと(笑)。
———話はもどりますが『ア・ホーマンス』のなかで、石橋凌さんが、これから命を賭けた大仕事をしようとする前に、恋人役の手塚理美さんの手づくりのタ食をつつく場面がありました。新宿歌舞伎町界隈のヤクザの世界が舞台なのに意外な感じがしたのですが。
松田 最初、あれはファックシーンだったのを、ぼくが変えたんです。抱き合って「千加」(恋人の名前)って呼ぶんじゃ、いかにもありきたりでしょ。肉体を使わないで、ほんとに抱きしめ合っているのを表現できないか、普通の生活のなかでファックができないかと思って。
——— それがどうして食事のシーンに。
松田 常に緊張のなかに身を置いていると、どんなに愛しているものでも、なかなか見えなくなってしまうもんなんですよね。それが、これで死ぬかもしれないと、心の内面に向かったときに、初めて、あっ、おれは、每日こうやってあいつがつくっためし食っていたんだなと思う。こんなにおいしいものだとは思わなかったと……。
———ふだん、なにげなかったことが、ふと新鮮なものに思える。
松田 おれらもそうじゃないですか。せつないときとか、悲しいときとか「おはようございます」って言われただけで、その日は妙にあったかかったりするとか。
———松田さん自身、肉体を使わないファックを求めているとか。
松田 それはおれたちらしい表現方法ないかと思ったわけで、ぼくはそんなことないですよ。ホモじゃないですから(笑)。
———松田さんにとって男と女のセックスというのは。
松田 わかっているでしょ。同じですよ。ミステリアスな話ですから。こっそりやりたいもんですから、ねえ、そういうのは。人にしゃべっちゃったら、おもしろくないですよ。
———女の色気についてはどのように感じますか。
松田 “おんな”っていうことだけで、色っぽく感じますね。そこに女性がいるだけでドキドキします。ときめくっていうか。
———いい女とか若いとかに関係なく。
松田 異性ってだけでね。
———好みのタイプはあるわけでしょ。
松田 ないですね。まったく基準がわからなくなりましたね、その意味では。
———以前はあった。
松田 やあ、いい体してるなあとかね。だれでもそうでしょ。オッパイ、大きいな、とかね。
———嫌いなタイプは。
松田 それもまったくないです。長くつき合っていれば、いろいろと見えるんでしょうけど、二、三回つき合ってもわかるもんじゃないですから。
———こうやってお話をうかがっていると、松田さんはクールというか、どこか醒めた男っていう感じがしますね。
松田 わかんないな。(クールなのは)藤竜也じゃないですか(笑)。そもそもどういうんですか、クールって。
———感情をあまり表に出さないとか。
松田 ひどいもんですよ、ぼくは、感情を出すのが。とことんいきますから。でも、そういうのは人にはわかりませんからね。写真見たり、映画見たんでは。普通の生活なんて、だれだってわかんないですから。
———自分を押さえるというか、人に気配りするようなことはしない。
松田 いや、気を遣うほう。大事にするほうですよ。それは、自分をおさえるというのではなくて、その人を自分が好きになるということでしょ。自分をおさえたら好きにもなれない。それが、逆にクールっていうことですよ。好きになったらなんでもやりますよ。とことんのめり込むくらい。
———女性の場合も。
松田 もちろんです。だから、前のカミさん捨てていっちゃったわけです。じゃなきや、しませんよ。その当時(相手は)一七歲の小娘ですよ。行くわけないですよ、三〇になろうかって男がね。
———苦労をともにして“糟糠の妻”といわれた前の奥さんと娘さんを残して、熊谷美由紀さんとの生活に走った。五年ほど前、だいぶマスコミが騒ぎましたね。
松田 よけいなお世話ですよ。個人レベルの話ですから。そういうことを平気で露出するバカがいますけどね。
———うしろはふり向かない。
松田 そうじゃないと、いまのことを大事にできないでしょう。やってしまったことは悔いても悔いてもきりがない。じゃあ、その場で死にゃあいいのかってことでしょ。それじゃ、ダメだしね。死ぬときは自然に死にますから。だから、やっぱりいまのこと大事にしてあげないと。
———普通の男だと、そこまでふりきれませんね。
松田 知りませんね。ハイ。自分は自分ですから。そういう人たちが悪いとは言いませんしね。いい悪いじゃなくて、生き方の問題だと思うんですね。踏みきれない人は踏みきれない理由があるんだろうし。比較できませんよ、個人レベルの話っていうのは。
———前の奥さんを置いてきたのは、キズとして残りますか……。
松田 悔いですね、キズというより……。
———でも、悔いてもきりがないと……。
松田 悔いに縛られはしません。いまのカミさんが、おれの泣いている部分を見たら、またよけいなことを考えてしまうわけで、それじゃ、いまのカミさんを大切にできないでしょ。
———やさしさですか。
松田 ちがいますよ。それは勝負ですよ、自分のね。自分の弱い部分を自分で処理していかないと。元気になっていかないと、自分がね。
———自分が元気になっていかないと、相手も元気になれない。
松田 そうでしょ。前のカミさんとこどもに対しても、責任を持っているわけですから。每月、金を渡すのにも、やっぱり自分が元気でないと。いつまでも、別れたときのことばかり考えていると、自分の生い立ちがつらかったからだとか、片親だったんだからとか……いつまでもこだわっていたらバカですよ。そんなの一生、親を恨んでいかなくてはいけないでしょ。
———過去を引きずりながら、現在を消化していく。その“元気”の素は、松田さんにとってなんですか。
松田 やっぱり、ぼくは役者ですからね、ものをつくるとか、なにかを感じるとか、なにかを表現していきたい。自分が感じることに、とことん、まじめでありたい。それが、ぼくにとって、生きることだと思うんです。
SOPHIA○1986年10月号