【1983年2月】
なにかを守っていこうとするかたくなさと、いまあるものを打ち壊していきたいという過激さ。
そんな微妙なアンバランスが彼にはある。
個性的なアクションスターとして勝ち得た成功を捨て去り、いま、新しい自分の可能性に挑戦しようとしている彼。
いったい彼のなかでなにが変わったのだろうか?
意外にナーバスな人である。ちょっぴりそんな気はしていた。
話をしながら、コーヒーのおかわりをし、たて続けにマールボ口を灰にした。灰皿でもみ消した吸い殻を、さらに指先でもみほぐしている。話が終わるころには、もみほぐされてバラバラになったフィルターとタバコの葉で、灰皿はいっぱいになっていた。
こちらの質問に、ときにはむずかしい顔をして、ときには困ったように苦笑を浮かべながら答えてくれる。思いがけず表情の輝く瞬間があり、そんな表情の変化がまぶしい。インタビューが不得手だということもあって、ややそわそわしているようにも見えたけれど、おしなべて彼はいま、満ち足りて落ち着いているようだった。
三〇歳になったら“IF”がたくさん待ってるような気がしてね。二〇代の中間くらいから、三〇になれば“IF”がたくさん出てくるんじゃないかと思ってたんです。“もしも……”というやつが。で、実際にいくつかのことがだんだんかたちを取り始めているからね。
落ち着いて見えるのは、そのせいかもしれない。二〇代のころは一直線に走っていたので、あまり“もしも……”ということは考えなかつた。それが三〇歳を過ぎて、遅ればせながら(?)新しい自分や、自分の可能性が見えてきたのだという。事実、この一、二年のあいだに松田優作は変わってきた。以前の派手なアクションスターのイメージから離れて、もっと別の、なんでもない演技者……なんでもない演技のなかにすごみを感じさせる役者へと変貌しつつある。昨年秋NHKで放送された、ドラマ人間模様『新・事件/ドクターストップ』で彼が演じたガンに冒された小児科医の役柄は、彼の役者としての新しい可能性を目のあたりに見せてくれた。『それに別れちやったりもしたしね』と彼はつけ加えた。
そう、昨年一月、彼は正式に離婚し、いまは女優の熊谷美由紀といっしよに暮らしている。そのことも、彼にとっては非常に大きな意味を持つターニングポイントだったにちがいない。
いったい彼を、こんなふうに変えたのはなんだったのだろう?
一九四九年、山口県下関の出身。彼が生まれたのは小さな漁村で、近くに日活の映画館が一軒だけあつた。ちょうど日活アクション映画の全盛期。石原裕次郎、小林旭、宍戸錠といったスターたちが、拳銃を片手に、スクリーンのなかをところ狭しと暴れまわっていた。
兄貴なんかに連れられて、学校に上がる前からずっと見にいってましたからね。ああいう映画のなかの世界に、端的に憧れを持ってましたね。
憧れは持っていたものの、自分でなにかをするというところまでは至らなかつた。学校の文化祭などで他人が劇をやってるのを見て、うらやましいと感じたことはあったけれど……。
潜在的な目立ちたがり屋だったのかね。具体的にはなにもできないんだけれども。根に持ってるタイプでね。
そう言って、彼は笑った。が、結局役者を志して文学座の研究生となり、一九七三年、そこを卒業する。最初は真似をすることから始めた。お手本は俳優の原田芳雄だった。
日活の映画に出てたころの原田芳雄を見て、これはすごい!と思ってね。たとえばセリフひとつでも、端的な話、セリフセリフしない、ほとんどモノトーンに近いしゃべり方だったり、ほとんど即興に聞こえてくるようなしゃベりまわしだったりするわけですよ。ぼくはそのころ文学座にいて、とにかく新劇のバチバチのところにいたものだから、特にそういう軽さとアナーキーな部分を新鮮に感じましたね。どこにもとらわれていないみたいな……。
いまではそれもわりと普通になってしまったけれど、当時そういう演技のできる人は、原田芳雄のほかには萩原健一くらいしかいなかった、と彼は言う。そしてすっかり原田芳雄に心酔してしまい、しゃべり方ばかりか、髪を伸ばしたりサングラスをかけたり、と外観までそっくり真似をした。
真似をくり返せば、真似にはどんどん磨きがかかる。でも、いくら磨きがかかつても、真似はしょせん真似でしかない。それが自分のものになるためには、なにかプラスアルファが必要だ。
すでに彼は、テレビ映画『太陽にほえろ!』のジーパン刑事、『探偵物語』の工藤探偵などでお茶の間の人気者になっていたし、何本かの映画でアクションスターとしてもトップに立つひとりになっていた。その彼が急に自分自身に不安を覚え、自信を喪失してしまったのだ。
あるとき、ふと気がついたら、もう真似するものがぜんぜんなくなっちゃってたんですよ。で、パッとうしろをふり返ってみたら、ずいぶんとねえ……自分のなかで、たとえば箸一本を持つようなこと、ご飯を食べたり、男と女のあいだのほんの小さなこと……そういった日常生活でのこまごまとしたことをずいぶんとりこぼしてきちゃったな、ということがわかったわけで、それが自分自身の問題としてはね返ってきちゃったんです。
それはつまりこういうことだ。男と女がいっしよにコーヒーを飲んでいるという日常的な風景。それ自体はなんの変哲もないものだが、その男女が初対面か、二、三度会ったことがあるのか、とても親しい関係なのかで、ふたりのあいだの空気はまったくちがうものになる。
そんな日常生活における微妙な変化。そういうものに対して、自分はあまりに無頓着だったのではないだろうか。もしこれから先も役者としてやっていくなら、いままで見すごしてきたそれらのものを、もう一度自分のなかから発掘する作業をおこなう必要があるのではないか……。
この彼の思いは、同時に、自分にはピストルを持って走りまわることしかできないんじゃないか、という不安と表裏一体のものだった。
役者っていう商売そのものは、非常にこどもっぽい、自己中心的な商売ですから、ある意味で、そんなことに気を遣わなくていいといえばいいんです。演技派というか、いぶし銀のように光るというか、職人さんのようにこれだけ演(や)らせればうまいというやつ……逆に言えば、なにをやっても同じということにもなるけど、そういう道もある。でも、ぼくはいやですからね。
文学座にいた当時、いかにも“これが新劇の芝居”という“いぶし銀の演技”に反発を感じて、原田芳雄のどんな型や枠にもはめ込まれないアナーキーなムードに魅かれた彼。ところがいつのまにか、自分もまた、かたちこそちがえ、あるひとつの枠に自分自身を押し込んでいるということに気づいたときの、彼の驚き。そして彼のなかのアナーキーな精神は、そんな状態をよしとするはずがなかつた。
アナーキーな部分っていうのはだれにでも共通してあるものでしょう。だから、特にぼくがその傾向が強いとは思わないけれど。ただ、内田裕也さんにしても、ぼくの好きなイラストレーターの黒田征太郎さんにしても、何年たってもその部分は消えませんし、かえって磨きがかかっていくからね。そういうのは大切にしたいですよ。
ここ二年間ほどの彼の変化は、まさにそうした彼の内面の動きに呼応していると言えるだろう。
八〇年の映画『野獣死すベし』を最後に、とりあえずアクション映画からは身を引き、翌八一年にはうって変わって鈴木清順監督の耽美主義的な映画『陽炎座』に主演。昨年は、先に述べた『新・事件』や、向田邦子作のドラマ『春が来た』(テレビ朝日系)など、テレビを中心の仕事をした。
鈴木清順監督と仕事をしたときは驚きましたね。言葉ではうまく表現できないんだけと、異常に頭のいい人でね。演技指導なんかでも、新劇の俳優さんとか“芝居とはこういうもんだ”と思い込んでる人に対しては、NGだとかテストだとか入れて六〇回くらいもやり直させたりしましたね。本人がすっかりわからなくなったところで“じゃ、それで行きましょうか”って。ぼくなんかパーだから、これでいいのかなあ、なんて思いながら演(や)ってると“はい、それでいいです”なんてね。最高でした。
彼がアクションスターから飛躍しようと変貌を続けていた時期は、ちょうど彼が現在のパートナーである熊谷美由紀と出会い、ふたりの愛がはぐくまれた時期と、ぴったり一致する。つまり彼の変化の背後には、きっと彼女の存在があったにちがいない。
ええ、いまのぼくの大部分は彼女から得たものですね。男は女から教わるものがたくさんある。すべてがそうだと言ってもいいんじゃないですか。
でも、このこと(離婚して彼女といっしよになったこと)の結果が出るのはまだずっと先のことだと思うから、いまの段階であれこれとは言いたくない、とつけ加えた。彼は昨年一〇月に五枚目のアルバム『インテリア』を出した。レコードジャケットに使われている絵は、前夫人・美智子さんとのあいだにできた五歳になる娘・紗綾ちゃんが描いたパパとママの絵である。
彼は紗綾ちゃんを非常にかわいがっていた。離婚の噂が出たとき、松田優作は娘を溺愛しているから、たぶん離婚はないだろう、と予想した芸能誌もあったほどだ。「アルバムジャケットは愛する娘とのメモリアルのつもりだ」と彼は言う。考えようによっては“ずいぶんいい気なもの”ともとれるこんな行為も、彼の娘への思いを聞いていると、素直に受けとめてあげたい気持ちになる。
そんなにも強い娘への愛よりも、熊谷美由紀という一二歲年下の彼女に対する愛のほうが、さらに強かったということなのだ。いや、ふたつの愛はそんなふうに比べられるものではないかもしれない。
一二歲年下といっても、闊達で、ものごとに対する反応が鋭く、行動的で、そのくせ哲学書をむさぼり読んでる、といった彼女が、彼には度しがたく、また常に新しい刺激と発見の源にもなっているのだろう。
変な話ですけど、女の人がね、すごく好きで愛してる男がいるのに、それでも別の男と寝ちゃう。そういうことってあるでしょ。若いころはそれが理解できなかった。ところが最近はわかるんですよね。
こんなことを語る彼。これも彼女の影響だろうか。
アクション映画のヒーローという、ほとんど男の神話そのものの世界を闊歩してきた彼が、それに行きづまったとき見つけたもの……それは、このように“女の目を通してものを見る”ということだった。
「結局、女を意識することは、自分の男を意識することでもあるわけだから」とも彼は言った。
ところで……松田さん、美由紀さんとは結婚してないけど、いま、結婚についてはどう考えてるの?
よくわからないね。五、六回してみればわかるかもしれないけど、ぼくは一回しかしてないから。要するに結婚は決まりのなかに自分を入れてみることでしょ。一度はしてみるのもいいんじゃないですか。
インタビューを終えて、彼は才ートバイにまたがった。特に趣味らしい趣味はなく、オートバイが唯一の気晴らしだという。意外なことに普通免許は持っていない。二輪免許もドラマのなかでヴェスパに乗る必要があったので取りにいったのだそうだ。
そういうケースが多いんですよ。まじめすぎるんです、ぼくは。
彼はそう言って、無邪気な笑顔を見せた。
コスモポリタン○1983年2月号