【1985年1月】
インタビュー◉川村都
夕方五時に始まった取材は、結局、翌朝七時まで延々と続くことになった……。
「おれ、こんな話したの初めてだよー」
波乱に満ちた生い立ち、そして現在、未来……いま、素顔の松田優作が浮かび上がる。
松田 ニューヨークのリンカーンプラザっていうところで上映しているんだけど“ゴダール”“森田芳光”って看板がバーンと出てるわけよ。なかに入ったら超満員!全部外人!(笑)。それで初めてね、ちゃんとアメリカの興行ラインにのって『家族ゲーム』かけてくれるって実感してね。うれしかったですけどね。ちょっと感動しちゃいました。
いまアメリカ全土で『家族ゲーム』に火がついている。この日の松田優作、ニューヨークから帰ってちょうど五日目。ニューヨークでの感動がまだもやもやと体から立ちのぼっている。
松田 この前モロッコに行ってきたの。砂漠をね、老人やこどもたちが水を運んでいるの。にこにこしちゃってさ、元気なのよ、すごく!こどもがロバをばんばんひいて。おやじはなまけ者だからだらだらして、こどもは早くあんなふうに大人になってなまけたり、不良やったりしたいから働いちゃうの。それが普通の生活なの。市場があって、カスバみたいのなんだけど、夕方四時ぐらいから夜の一二時すぎまで、人の波がとぎれないのよ。大道芸人とかヘビつかいとかいてね、人々の声がワーンと空までとどろいているの。人間の熱気とか話し声とかが、ワーンと空までとどろいて。そういうなかにいると、大地の力強さみたいなのが素直にわかるんだよね。言葉なんてこんなときにしかいらないんじゃないかと思ったね。フィジカルになりたいね。いま。
このところたて続けに海外に出ることが多い。モロッコヘ行って、帰ってすぐハイチへ。またすぐニューヨーク。大脳と小脳の境が日付変更線になったみたいだといって笑う。
松田 パリはおもしろくないよ!昔できちゃったものに負けてるもの。ダメだね。あそこは、かさぶたみたいな街だ。ニューヨーク、トーキョー、すげえよ、やっぱり。古いものも残してるけど、それと同じぐらいの力で新しいものをつくってる。新陳代謝してるものね!
新陳代謝って、すごく松田優作に似合ってる。テレビ『太陽にほえろ!』のジーパン刑事役で人気が出て、アクションスターといわれた時期もある。映画は『最も危険な遊戯』『野獣死すベし』などロングヘアーでヒゲをはやしていたころの松田優作。暗さや、重さが変に気になった。『陽炎座』『家族ゲーム』『探偵物語』と、どんどんかるくなってる松田優作が気持ちいい。かるくなるほど光を放つ男だと思う。
———美由紀ちゃんの誕生日に宝石をプレゼントしたんですって?
松田 そう、オパールなんだけどね、銀座のナントカ堂って店にいってね、彼女の誕生石なんだよね。
———女の子に宝石プレゼントしたの初めて?
松田 初めてだよー(笑)。きれいだねえ、宝石ってこんなにきれいなものかって思ったよ。まあ、男がつけるものじゃないですけどね(笑)。
———男がつけたらヤクザだもんね(笑)。男は買ってあげる人。
松田 くせになっても困りますけどね(笑)。
———結婚して二年目でしょう?美由紀ちゃん若いのにもうおかあさんだもんね!だけど、熊谷美由紀っていうのはすごい女だったね!いい女優になるなって楽しみだった。
松田 うん、すごかったねえ!知り合ったのがカミさんが一六歲のときだよ。
———突然さらわれちゃったんだから、優作さんに(笑)。
松田 さらわれたっていうかねえ(笑)。一応おれはあのころ、カミさんとこどもがいたんだから。
———男の人って、大半は家に帰るとくつろげるとか、ホッとするとかで奥さんを選ぶんでしょう?
松田 ぜんぜんくつろげない(笑)。だからおもしろい。いちばん気になる女がうちにいるっていう感じだね。
———美由紀ちゃんと優作さんてどこか似ているわね。離れられない縁という感じがする。
松田 そうかね!ニューヨークで别れ話ばっかりしてたから(笑)。おまえとは合わねえって(笑)。
———ハハハ……。
松田 この前カミさんと話してたんだけどね「電子レンジでじゃがいもがふかせる」ってあいつが感激してたんだよ(笑)。
そいでさ「もし電子レンジがなかったら、私たちどうすればいいのかしら?」ってポツンとまじめに言うのよ(笑)。
———真剣なんだ。わりと。
松田 そう(笑)。だからね、そのときはそのときだよ。そういうときがきたら、おれがリュックしょって牧場までミルク買いにいくから、大丈夫だよって(笑)。そういう時代がきたらおれがちゃんとやるから大丈夫だよって言ったら「そうねっ!」ってあっさり(笑)。
———龍平くんは何歳に?
松田 一歳と六カ月になりました。
———彼とちゃんとつき合ってるの?
松田 つき合ってるよ。夜ふたりでいっしょにバイクで走るんだよ。あいつは自分用のバイク持っててね、好きなとこ走らせて、おれがあとからついていくの。おもしろいよ!
現在の奥さんは女優の熊谷美由紀。八一年一月に前夫人の美智子さんと離婚。彼女とのあいだにはことし八歳になる女の子がひとりいる。
———離婚って大変なことでしょう?
松田 うん、大変なことだね!ものすこいエネルギーだね。一回の桔婚で一生ちゃんとやっている人たちっていうのは、その離婚のエネルギーを途中でちゃんと使っているんでしょうね。
———その一生ぶんのエネルギーを離婚で使った?
松田 離婚まで追いつめられるものと、追いつめるものがあって、持続力がないから别れたんだと思うね。すごい大事なエネルギーだね。
———それは男と女両方の問題?
松田 うん、もちろんそうですね。
———優作さんのおかあさんてどんな人だった?
松田 うれしい質問ですねえ(笑)。天才です、彼女は!(笑)。おれ、ちっちゃいころはね、おふくろが生々しくていやだったのよ。パンパンやだったから、うちは!
———女がウジャウジャしているところで育ったんだ。
松田 おやじがちがうでしょ、上の兄弟ふたりとは。いつもおふくろのガードマンみたいなことやってたのよ、おれは。
———おかあさんが何歳のときのこどもなの?
松田 三六歲のときのこども。おふくろ、二年前に死んだんだけど、死ぬときにおふくろのこと理解できた自分がうれしかったね!すげえ女だった!激しくって、頭がよくって、派手じゃないんだけどとこかパッとしてるの。だれも着ないような服着てるの。金もないのにね。美意識がちゃんとしてたね。
———彼女が自分で女郎屋を始めたの?
松田 自分で最初は街に立っていたらしいから。おやじが戦死してからいろいろやったらしいけど、女の力でやれるのはこれしかないって、どこかで思ったんでしょうね。
———お兄さんふたりと優作さんと、男三人育てたんだ。街に立って。
松田 それで客とデキちゃって、おれが生まれたわけよ。昔はもういやでしようがなかったです。やっぱり。なんなんだろうおれは、生まれてこないほうがよかったんじゃないかってね。いま思えば、ドラマチックやなあっていうさ(笑)。まあ、とおりいっペんの青春をやっちゃったんですけどねえ(笑)。
———屈折した青春だった?
松田 おふくろ、よく寝るんだよなあ、男と!その男が来るっていうときは、ちっちゃいのにさ、カギかけて入ってこられないようにしてね……。そうするとおふくろが上からおりてきて、バシッとひっぱたかれたりなんかして。泣きながら奥の部屋に行くと、おふくろが男とやってたりなんかして。ほんとにもう!いま思えば、おふくろも女やめてないなあってね。すごいねえ、女って!
おれ、こんな話したの初めてだよー(笑)。
———生前おかあさんにはときどき会っていたの?
松田 たまにだね。なにかあって下関に帰ったりすると、キスしちゃうの(笑)。ほんとだよ、ブッチュリ、キスしたりなんかしてさ(笑)。
———おかあさん、また女がよみがえっちゃうじゃない!
松田 そう(笑)。きれいなんだもん。かわいいんだもん、おふくろ。元気だしさあ、パチパチしているの。天才だよ!
———優作さん、おかあさんに似てる?
松田 似てるね。死んだときにね、みんな泣いたけど、おれ泣かなかった。死に方も気持ちよくってさ。仮通夜のとき、一晚中そばにいたの。棺桶あけてね、キスしちゃって……。
だから墓なんかたててやったよ。すばらしい女だったなあって思うよ!親も兄弟もクソもねえ!なんて思っていたけど、大事にしようっていう気になっているね。
彼は一六歲のときに、父親がちがうということを知ったらしい。
松田 計算が合わないってことはわかっていたんだけどね、おやじは戦死しているはずだから、どうやったって計算が合わないのよ。
それがもとで、ちょっとした事件を起こした。母親に報告したら、
松田 おふくろの姉がアメリカにいたから「おまえアメリカに行け!」って、そういうこと平気で言うんだから。そのころのアメリカなんて最果ての地みたいなところだからね。
そしてアメリカに行って、それ以来、彼女とはいっしょの生活はない。
———最近コマーシャルが多いけれど、気に入ってるの?
松田 メッセージですよ。もちろん金もありますよ。金も非常に大きいね。日本の映画事情を考えた場合に、非常に貧しいからね。
コマーシャルっていうのは、自分の所在とかアンテナの張り方を、ニュアンスとして伝えるものだと思っている。そういう意味で、持っている力っていうのはいま一番でしょうね。金も大きいねえ。おれにとっての金っていうのは、むだをそぎ落とす時間をくれるから。
———八五年はどういうふうに仕事していくの?
松田 八五年はね、しっかり映画を三本撮りますし、ニューヨークに二、三カ月行くのと、ベルリンに行きたいのね。いますごく興味があるから。やつら、パンクだってハンパじゃないから。ヘルスエンジェルスとパンクがくっついたみたいなさ(笑)。あいつらどんな音聞いてるんだろうってすごく気になってるんだ。
———二ューヨークは仕事で行くの?
松田 むこうのプロデューサーやなんかに英語を覚えろって言われているんだけと、言葉のニュアンスを伝えるっていうのはむずかしいからね。
———いろいろおもしろそうね。
松田 最近ね、絵を描いてみようかと思っているんだよ。飛行機でね、モロッコに降りていったときの砂の色、これは絵じゃなきゃダメだなって思った。写真じゃないんだよ。
いま、おもしろいね、大変なことがいっぱいありすぎておもしろいよ。消化不良おこしそうだね。消化不良おこしてぶっ倒れるのはおれの勝手だけどね(笑)。ストイックになっちゃいけないと思う。そうなるものをぶち壞していかなきゃ。それからね、いまカミさんとバイクでいろんなところをまわろうとしてるんだよ。これは映画つくるよりおもしろいね。
With○1985年1月号