【1977年12月】
あるとき、不思議に笑い合えたのさ。それがおれたちの友情の始まりだった。
於・新宿———9:25pm
ビルの谷間に風が吹き流れて、街は秋だった。新宿の西の杜で金木犀がからし色の小さな花をつけ、そのはかない香りが風に乗って漂った夜、真紅のオープンカーが街に現れた。
月の光がボディを照らした。62年型フォード・ギャラクシーは、ふるえるようにエンジンを回転させた。低くうなり始めた。その音が、夜の星空を揺さぶった。
松田優作は、洗いざらしのジーンズにレッド・アンド・ブルーのジャンバーを無雑作に着て、スリムな煙草をくわえている。
水谷豊は、ブルージーンに革ジャンパー。いつものように、ポケットに手を突っ込んでいる。
「ヨオッ」ふたりが会ったとき、松田優作はそういって手を差し出した。その手に水谷豊の手が重なった。「元気か」。それ以外に言葉はなく、彼らは無言のうちにお互いの調子を確かめ合った。
松田優作と水谷豊が最初に出会ったのは五年ほど前のことだった。
優作はテレビ映画『太陽にほえろ!』にレギュラー出演していた。その番組に水谷豊がゲストとして招かれた。ふたりとも、こどものサッカーチームのキャプテンという役だった。初日の撮影は、ふたりのからみのシーンから始まった。砂の上にふたりで転がり、顔を見合わせて笑うシーンだった。
於・新宿副都心路上———10:00pm 水谷 おれは、いきなり会って笑うなんてことができないんだな。芝居でもね。それが、あのときは笑えた。不思議に自然に笑えた。優作さんはどうだった?
松田 笑えたよ、おれも。
水谷 ほんと?
松田 ……(うなずく)。
水谷 考えてみるとね、いままでにそういう経験って一回しかないんだ。あとにも先にも、そういう感じになれたのはあのときだけだな。それが強烈だったね。
松田 なぜか、笑えたな。おれはテレビの仕事はあの『太陽にほえろ!』が初めてだったんだ。豊はおれより前にテレピに出ていたし、そういうのを見ていて無意識に好感持っていたわけだ。
水谷 また冗談!(笑)
松田 いや冗談じゃなく、ほんとに。
水谷 テレピの仕事をやるのがちょっと早かったっていう、ただそれだけのことだよ。
松田 しかし、五年間つき合っていて、いざこうしてテープなんかまわしながら、まるで対談みたいに話を始めてみると、話すことに困るな。
水谷 いつもとりとめなく冗談ばかり言ってるからかな。
松田 おれたちがなぜ、気が合うのかっていうことも考えたことないんだよ、おれは。そういう理由みたいなものは最初からすっ飛ばされてきたんだな。一回、おれたちふたりで対談してくれって依頼されたのを覚えてるだろ?
水谷 ああ、あったね。結局、対談をやらずに勝手に想像して書いてくれっていうことになったんじゃなかったかな。
松田 そうだ。結果、できあがった記事はひどかったな。勝手に想像しろっていったんだから、しようがないけど(笑)。
水谷 ことあらためて、このことについて聞いてみたいなんてこともなかったし、おれの場合は。
松田 それは、おれも同しだ。
水谷 たとえば優作さんがどんな本を読んでいて、どんなレコードを聴いているのかとかきのうなにをしたとか、何色が好きとか、そういう具体的な話をしたことはないんじゃないかな。
松田 ないな。必要ないんだ。
水谷 どう言っていいかわからないけど、おれが優作さんと友だちだって人に言うでしょう。すごく仲がいい、いちばん仲がいいなんて言ったりする。すると「優作さんってどういう人?」って聞かれるんだ。そういうときは「いい人だよ」とか、そういう言い方しかできないね。どこがっていわれると困っちゃう。
松田 わかるな。
水谷 だから“対談”なんて身構えてやるんだったら、お見合いのほうが楽じゃないかな。
松田 そうだな。
水谷 女の子と趣味の話とか好きな色とかを聞いていればいいんだからね。めし、食わない?ちょっと腹減ってきた。
松田 おれは撮影終わったとき食べたから、コーヒーでも飲むか。
於・新宿三井ビル54F レストラン・メヌエット———10:45pm
松田 きようはコーヒーがうまいな。(ウエイターを呼んで)コーヒーをもう一杯持ってきてくれ。
水谷 おれにもコーヒーをひとつ。
松田 『赤い激流』(水谷豊主演のテレピ番組)見てるぜ、時間があるときに。
水谷 ほんと。
松田 あれ、とうなるんだい。
水谷 いま、刑務所に入ってるとこ撮っているんだけど、死にたいんだな。
松田 殺してもらえばいいんだ。なにかかっこいい方法でさ。おれも結局、殺してもらったよ。
水谷 ハッハッハ……うまいこと殺してくれるかな。
ところで、一度映画やったときに、優作さんに「うれしくて嫉妬しちゃう」みたいなこと言われたことあるんだよ。
松田 言ったっけな。
水谷 去年『青春の殺人者』を撮るときに、どうしようかって言ったら、ぜひやれよって言ってくれたでしよう。その結果、キネマ旬報の賞なんかもらって、そのときに「うれしくて嫉妬しちゃう」って言ってくれたんだけど、そう思うとき、おれにもあるんだ。
松田 ……(うなずく)。
水谷 おれがテレビなんかやってると、どうも思うようにできなかったりすることがあるんだ。そういうとき、優作さんのテレビ見たりして、よかったり、わかったりするんだ。そうすると、テレビの仕事がおもしろそうに思えてくる。テレビの仕事ってちょっときついけど、おもしろくなるんだな。人はけっこうおもしろくやっているんだなと感じるんだね。うれしいものね、そういうとき。なんでおれにはできないんだとかいろいろなこと考えるだけね。
松田 こういう話ってのは、いままでしたことがないな。
水谷 ないね。
松田 おれは豊のファンなんだ。見ていてさびしい人だなって感じるんだな。さびしい人だよ、豊は。たったその言葉だけでかたづけてしまうのは非常につらいけど、さびしい人だよ。生活とかそういうことじゃなくて背景がね。ゼロ歳から二五歳のいままでの、その背景がね。二五年間、目いっぱいつき合っているわけじゃないけど、なんとなくわかるんだ。家出したとか、そんなことは言葉に出してどうってことはないんだけど、豊の持っている顔とか、かたちとか、そのへんのところから、おれは勝手に感じるんだけど、なんかすごくさびしい感じがするんだな。だからどうだって言われれば、別に……まあ、いいんだろうってことになっちゃうんだけれど、とにかく切ない人だよ。
水谷 そういう話されると、心臓がドキドキしてくるね(笑)。
於・新宿三井ビル54F レストラン・メヌエット———11:27pm
水谷 おれも優作さんに対しては、やっぱりファンだね。人間的に自分にないものに魅かれるってことがあるでしょう。そういうことを考えてつき合っているわけじゃなくて、個人的なつき合いの場合なんにも考えすにつき合っているんだけど、やっぱりおれにはできないなって思うこともあるんだな。それはなんでかっていうと、当然自分がこういう仕事をしているからだろうと思うんだけど、優作さんを見ていて、ああいうのはおれにはできないなとか、真剣に思うときある。あたりまえのことなんだよね。あたりまえのことなんだけれども、でも、優作さんの仕事を見ていておもしろいとうれしくて、やっぱりファンなんだな。
松田 おれたちはライバルなのかい。
水谷 いや、ライバルはやっぱりアラン・ドロンですよ、トーゼン。
松田 でも、こういう感じでつき合えるやつっていうのは少ないな。
水谷 そうだろうね。
松田 こういう仲間が数いたら楽しいんだろうが……。同じ世代だから自然にいい感じで緊張できるんだね。上の世代の人だったらけっこういろいろなことを言ってくれるし、教えられることもあるけれども、同じ世代には同じように先がわからないっていうところがある。そういう意味で、やはりいちばん注目しているな。
水谷 こういう話になるとウイスキーがいいね(ウエイターに)すいません、水割りください。優作さんも?じゃあふたつ。
いま、ハンバーグライスっていうやつ食べてたでしよう。こういう、夜の新宿なんてのを見渡せる高層ピルのてっぺんの、いちおう高級っていうのかな、そういうレストランに来ると、注文するものに困るのね。メニューをずーっと見てね、それでやっぱりハンバーグにする。
松田 ラーメンはないし。
水谷 カツ丼もないからね。
松田 カレーライスっていう雰囲気でもないな。
水谷 やっぱりハンバーグってことになるね。それでまずハンバーグを小さく切っちやって、フォークを右手に持って、パッと食うっていう……。しかし、こんなむだ話でいいんだろうか残りページはあんまりないんじゃないかな。
松田 まだ次のページもあるからいいだろうさ。
水谷 優作さんの家に遊びにいくと、いつも帰り際に困るんですよ。なにかひとつのことを話して、そのケリがついて、それじゃあってことにならないんだね。とりとめのない話ばかりしているから、帰るタイミングがわからない。それで困るんだ。ほんとうに。
松田 会うときもお互いアポイントをとって時間を決めたりしないからね。会っていっしょに酒でも飲みたいなってことはあるけど、だからといって、電話してこれから会おうとか、あす会おうって約束するわけじゃない。なんとなく会えるんだよ、きようみたいに。
水谷 なにか話そうと思ってお互いに会うわけじゃないんだね。無理して会わない。
松田 実に女っぽい関係だと思うんだよ。おれは。
水谷 女っぽい?そうかな。その話を聞かせてよ。
松田 それはともかく、一度外へ出るか。街へ。
於・新宿歌舞伎町———11:59pm
夜の街には色気がある。風に香りがあって、光に陰がある。
62年型フォード・ギャラクシーは、リッター4キロメートルしか走らないエンジンを再び動かし始めた。ガソリンを浪費することの爽快感をあたり一面にふりまいていた。効率ばかりを考えてせせこましくうごめきまわる車の洪水のなかで、真紅のフォードだけがまるで冗談みたいにガソリンをたれ流していた。
その車の紅は決して周囲に溶け込まず、そこだけが非日常的空間を演出していた。流れていく車、歩いていく人の波に同化しなかった。横断歩道の信号が変わって、そこに人の流れの川ができた。ただ盲目的に駅に向かって歩いていた彼らはひたすら日常的に生きている人たちであるかもしれなかった。彼らの前に突然現れた紅いフォードは、異次元からの訪問者だった。吸い寄せられるように、人が群がった。人が群がってできあがった異常空間がさらに人を吸い寄せた。松田優作と水谷豊と、そして紅いフォードの出現はちよっとした“出来事”になってしまった。《ユーサク》《ユタカ》という言葉が人から人へ、女の子からボーイフレンドへ、さざ波のように伝わっていった。その渦のなかを悠然と紅いフォードは走り抜けていった。通りすぎて、街はずれヘと向かっていった。街はずれを走り抜けると郊外へ向かった。郊外を抜けて林を通りすぎた。そのむこうに、海があるはずだった。
於・第三京浜高速を走る フォード・ギャラクシー———0:38am
松田 女々しい関係だというのはたとえば、おれたちが会うだろう。そういうとき「オッス」って言ったら「オーッ、どうしてる」「ええ、なんとか……」「ヨシッ、じゃあ一発行くか」って言う、それだけじゃ終わらないだろう。
水谷 ……(うなずく)。
松田 「なんだか元気ないなあ、どうした?」って言ってみたりさ。そういうことは放っておいてくれって言われてもしょうがない部分だろ、男であったら。それがどうしても「ちょっと顔色悪いな、どうした」「うん、ちょっと調子悪くてね……」というぐあいになって、これは結局、女々しいわけじゃないのかな。
水谷 あんまり人に自分のこと話さないんだけどね、おれは。だけどなんとなく優作さんに電話したりすると、いろいろなことを話したくなって、ついいろんな話をしてさ、知らないうちに相談しちゃったりするんだな。話さなきゃいいんだけど、つい話しちゃったりするね。これは話しちゃいけないんだって、無理してがんばってないからかもしれないけど。
松田 意識的じゃないよね、やさしさが。豊のほうから見て、おれはどうなのかわからないけど、自分はとりあえずやさしいのかなって思ったりする、それは意識的なやさしさじゃないような気がするな。無意識のうちに「どうした、元気か?」とか言っているわけだし、それは放っておいてくれのひと言で片づけられていい問題なんだし、だからその部分では黙っているのがいちばんいいんだけど、ついこっちも女々しいもんだから、あれこれ、とりとめなく言ってしまうんだ。
水谷 おれたちは、結局、そういう雰囲気でしかつき合えないんだろうなって気がする。
松田 死ぬまでこうだろうなって、思わぬでもないな。
水谷 これはやっぱり友だちっていうのかな。
松田 さあな……。
早朝の都心———4:02am
たとえば、熱っぽく語り合うことによって成立するコミュニケーションというものがある。たいていの人間は人生のどこかで“青春”について激しく語り合ってみたりしてしまうものだ。その結論がどうあれ、そこで分かち合えるのは、言葉の熱さ、思い込みの温度の高さを確認し合ったあとに生まれる連帯感だろう。そこにコミュニケーションが生まれてみたり“友情”が生まれてみたりするものだ。
それは、しかし“熱”の低下とともについえ去っていく。あるいは、かつての共通の思い出だけを接点にしてかろうじて命脈を保っていく。
それがもし“青春”というものに特有な連帯であるとすれば、それとまったく対極にあるかに見える松田優作と水谷豊という男たちの、さりげなく、とりとめのないフレンドシップはいったい、なんなのか?彼らは激しく見て主張することで相互になにかを温め合ったわけではなかった。それよりもむしろ、ちよっとしたシーンで垣間見せた、なにげない“表情”が触媒になってふたりはお互いを認めた。
それはまったく“気分”としかいえないものではないのだろうか。“気分”とは、たとえばいくら言葉を論理的に積み重ねてみても說明しきれないものである。“いま”という時代を包み込んでいるものでもある。
松田優作は、日活黄金時代の裕次郎、小林旭の映画によって心揺さぶられ、この世界に入ってきた男だった。言葉でなにかを訴えかけようとするよりも、体の表情で見るものを說きふせてみようというタイプの役者だ。
松田優作の表情、動きには単なるアクションスターのそれとはちがったニュアンスがある。なにかを突き抜けようと、体を極限まで動かしてみようとする人間の持つ表情がうかがえる。その表面には出てこない思いが彼に陰影を与え、そこに松田優作特有の“気分”が横溢する。
水谷豊には、都会というよりもシティのなかで自らの孤独を飼いならしながら飼いならしきれない男の表情がある。その雰囲気はいつも彼から離れない。彼を見るとき、人はある種の“気分”を共有できる。
彼らの持つ“気分”は都会という場所でクロスし、寂寥のなかでクロスする。
明け方。ふたりは別れて、それぞれの世界ヘと帰っていった。
バラエティ○1977年12月号