【1983年6月】
優作さんを初めて見たのは、テレビだったと思う。レイバンのサングラスをかけて「なんだバカヤロウ!」の印象が強いが、この印象は、本人から受けたものではなくて、あとからたくさんの素人さんに見せられたもの真似芸の印象だったのかもしれない。
ご本人に会ったのは、東映のパーティかなにかで、角川春樹さんに紹介されたのが最初だ。ぼくの最初のインタビュー集をえらく気に入ってくれたのがうれしかった。そのあとムービー・マガジンという、ぼくが世話になっている雑誌のインタビューが来た。このときは、同じ時間に若山富三郎さんのインタビューが入ってしまったので、結局はできなかった。で、ぼくの代わりに仲間の加藤芳一がインタビューをし、し終わったころ優作さんと下北沢で合流した。
優作さんは下北沢の小さな飲み屋の片隅で例のレイバンをかけ、革ジャンを着、長い足をかかえて座っていた。その飲み屋にレイバンだけが、ものすごく似合わない感じがした。『人間の証明』の前だった。訥々としゃべる感じが原田芳雄さんを思わせ、その場にそぐわないレイバンが、やっぱりえらく気になった。生意気な言い方をさせてもらうとこの人、このレイバンをはずしたら、かなり大きな役者になるなと直感した。で、ついでに言わせてもらうと、でもはずしそうもないタイプの人だなとも思った。
ぼくの場合『人間の証明』の優作さんはいいとは思わなかったけど、村川透監督の「遊戯シリーズ」で、急に魅力を感じるようになり『野獣死すベし』で、映画スタ—松田優作のファンになった。『野獣……』では、減量したスリムな体つきと、レイバンをはずしたいい眼を見せられ、日本映画的でない中身のあるアクションスタ—出現に本気で拍手を送ってしまった。もう下北沢のときみたいに「優作はねえ」なんて言えなくなってしまったなという気もした。で、久しぶりの再会である。
高平 こんどゆっくり飲もうよって言ったまんま、もう何年もたってるっていう感じするね。
松田 こっちもファンだったからねえ。高平さんの。
高平 このあいだ、テレビでやってたね。『暴力教室』と『殺人遊戯』。懷かしかったよ(笑)。
松田 やんなるねえ……。
高平 アハハハハ。
松田 冷や汗もんだよねえ(笑)。
高平 あのころの映画って、あんまり好きじゃないの?
松田 いや、そんなことないですけど。なんかね、どっかの二番館、三番館でやられてるぶんには、距離感がずいぶんあるけど……。
高平 テレビだとちがうからね、また。『俺達に墓はない』だっけ、あれもやってたね。
松田 なんか、かけられまくってるねえ(笑)。自分のやってきたフィルムっていうのは、宝物っていえばみんな宝物だけど、なくしたいっていやあ、みんななくしたいし.……。自分のフィルムをひそかに楽しむようになったらおしまいだと思うけどね(笑)。
高平 ハハハ。
松田 見ながら「ここ、いいだろ!」とかやってたら(笑)。
高平 マスかいてるようなもんだな(笑)。
ともかくね、編集部がこのシリーズを再開したっていうのがね、とにかく松田優作を呼びたいからっていうだけだったみたいなんだよ(笑)。おれは一回で終わって、次からは“松田優作の”っていうタイトルに変わる(笑)。
松田 ハッハッハッ。
高平 だからきょうは、インタビュアー的な気持ちで(笑)。『家族ゲーム』、映画は久しぶりでしょ?
松田 ええ、約二年ぶり。
高平 わりとスムーズだった?
松田 最高だった!久々にふるえたねえ。
高平 それはよかった。
松田『の・ようなもの』を見たときも思ったけど、すごい監督だねえ、森田さんは。
高平 あ、そう!
松田 テレビの『家族ゲーム』とちがって、非常に不健康な食べものになってるけど、食べてみれば非常にうまい。あんこもバッチリつまってるしね。
高平 いつ?
松田 ゴールデンウィーク。
高平 そのあと『探偵物語』とたて続けだけど、ここんとこテレビだけだったでしょ?
松田 うん。非常に生活に密着したことがやってみたくなったっていうことがあって。
高平 役柄が?
松田 役柄っていうよりも、いわゆる普通のことというか、そのものの作業というか、ご飯食べたりすること。
テレビドラマは向田邦子さんの出現によって変わったっていわれるのは、別に一回で終われる話なんだけど、生活のなかの非常に暗い部分とか苦しい部分みたいなものを、一回じゃ言えないものを、13回なら13回使って見せていくっていう、ね。つまりたとえば、あの人の書き方っていうのは、ものを食べる作業ひとつにも、ものすごい時間がかかってしまう。 これはやっぱり、ちゃんとやらなければいけない、と。自分のなかで。しかもテレビは、パッとひねったら見られちゃうでしょう。だからよけいに怖いという、ね。うそがすぐ目立っちゃう。
高平 うん、ただね、テレビはつければ見られるっていうけど一日中つけっぱなしにしてるわけじゃないんだよね。見たい番組があるとしたら、早く家に帰るっていう行為があったり、あるいはVTRに録る行為があるっていうことはさ、もうすでに、チャンネルまわすのと映画館に足運ぶのと、さほど変わんないんだよね、若い連中にとっては。
松田 作業をしてるほうも、仕事としてはあんまり変わらないみたいですね。そういう意味ではね。ただ、ときめきはないけどねえ(笑)、テレビは。
高平 ないだろうなあ……。ときめきとか思いなんだよね、映画って。ぼくなんかがインタビューしてきて、優作さんと質が似てるなって感じがするのは萩原健一さん、室田日出男さん、川谷拓三さん、それから内田裕也さんなんだよね、不思議なことに。映画に対するまじめな思いみたいのが、ものすごく共通するねえ。
松田 あ、あ。
高平 だからこの人たちには冗談、言っちゃいけないな、とかさ(笑)。
松田 ハッハッハッ。そんなことないですよ。
高平 このあいだ、家でね『今夜は最高!』のさ、いわゆる名画のパロディやったのを、飛ばしで室田さんと見てたんだよ、バーッと。じーっと腕組んで、ときどきプップッってふいて「だけどさー、高平ちゃん。せっかくおれたち映画人が一生懸命、映画撮っても、こういうふうにされちゃうんだよなあ」って(笑)。
松田 アッハッハ。高平さんのはおもしろいからねえ、発想が。
高平 おれ、ひっくり返っちゃったよ!(笑)
松田 映画はかつては、非常に見世物的な、サーカスっぽいにおいのものだったでしょ。暗闇のなかで画面がでっかく出てくるっていう。映画館も、たとえば浅草でいろんな興行がなされるときに、サーカスや手品やろくろ首とかといっしょに並んでたわけですからね。
その映画館ヘ入るときの、わざわざ明るいところから暗いところへ入ってしまわなきゃならない、ドキドキするような気持ちっていうかね、それがときめきだったりしてたんだけど、それがいまみたいに、どこの家庭にも見世物ボックスが入ってくるとね、それ、見世物だとは思わないし、生活の必需品みたいになってくる。
試験があすなのにもかかわらず、どうしても見たい!おかあさんに「あんたなにしてんの!早く勉強しなさい!」って言われて「うん、ちょっと。もう少し」っていう、うしろめたさ、ね。見ているときの、ときめきとうしろめたさのちがいっていうのは、映画とテレビとの、そこは大きなちがいじゃないかと思うけど、テレビはテレヒでもうちゃんとした別の生きものだし、映画も昔とちがって、生きものになってしまってるでしょ。
高平 うん。たとえばぼくなんかは、村川透さんがピストルに対して、長谷川和彦さんが原爆に対して、変質的な撮り方をしていくシーンがあると、もううれしくなるわけ。あれがこう、映画だっていうかさ、引き込まれていく部分のような気がするんだね。
松田 ピストルとか原爆とかは、使ったこともない、触れたこともないものだから。あれはどうなってるのか。それをやっぱり、ディテールをちゃんとやられるとね。
高平 うん、分解していってくれると。
松田 “あーあっ!”っていう。
高平 映画見てるっていう気がするんだよ。
松田 この前もだから、トリュフォーの『隣の女』なんていうのは、やっぱり最高だったしねえ。見てて……。
初めて再会して、スーパーの下かなんかで抱き締めてキスしたときに、気絕してしまうっていう、ねえ……。ショックだったすよねえ、やっぱり。たったあれだけのシーンなんだけど。
高平 うん。ただひとつ言えることは、テレビにもそういうシーンがあるかもしれないのに、ぼくらが気がつかないのかもしれないね、こっちがほかの作業をしてて。それに比べて、暗いなかで正面きって見るしかない映画の思い出っていうのは、スーパーのあのシーンでキスしたとか、うしろの男とか、音楽の入り方とか、そういう、ときめきなんだろうなあ。
松田 女に気づいたり、男が女に傷ついていったりすることっていうのは、日常生活のなかで非常に普通のことなわけでね。それをどこまで見つめるか、たとえばてのひらの裹側がまで見つめるか、と。 別に蚊も刺していないのに、突然、手がかゆくなって、夜中に起き上がる。どこがかゆいのかったら、皮膚の裏側がかゆいっていうみたいな感覚っていうかねえ、なんでこんな裹側がかゆいんだろうと思うと、きょう女とけんかしてきた。「あいつ、もしかしたら手首でも切るんじゃないか」と、いやな気持ちで電話するけど、出ない。というような、ね。そういうの、ごく普通に、ぼくらの生活でやってると思うんですね。
そういうのを見つめてきた監督が切るときにはね、たった一時間半なら一時聞半のなかで、男と女の愛がわかってしまう。その凝縮がたったワンカットで、巧みにこっちを引き込むようなだまし方をしてくれる。
抱き締めて気絶するっていう、一見うそっぽく見えることを、それを見せるためのあとのつながり方が、実に巧みにできてて、やっぱり、あと涙が出てしまうみたいな、ね。
ほんと、トリュフォーはすごいよねえ。同じ恋愛映画でもバカバカしいのもありますけど、それはつくり手の稚拙さというか、発想の浅さにあるわけでねえ。
だけどこの国では、恋愛映画を撮れる監督がいないしねえ。どうしてもてれちゃうし、そういうこと知らない、男っぽきゃいいっていう、がさつな映画監督が多いでしょ(笑)。
高平 うーん……。
松田 そりゃなかには、アクション映画にも恋愛を少しとり入れる、あんときの痛みを、ちょっとしたものを入れていこうっていう人もいますよ。それはすぐわかりますからね。見てると。「あっ」というふうに。それにまた役者が呼応して、自分の痛みみたいのをだぶらせてやっていくと、もっとそれがこう、ふくらんで「よーし。じゃあもう、あとはビストルたくさん撃ってもいい」っていう、ね。 ただそれ、突っ走りゃいい、あとベッドシーンやって、クールに女をはらってベッドから起き上がったら、タバコ吸って「じゃあな」なんてのばっかりだから(笑)。
高平 ハハハハハ。でもまあ、活発になってきたんだろうねえ、映画も。最近は。
松田 ぼくはむしろいま、映画は增えてると思いますけどね。熱いまなざしだけで撮る、ほとんどなにもしていない映画が増えているし、だから逆に、ほんとうに映画をしている人たちがやりやすくなってきたと思うし。
高平 ぼくは淀川長治さんにね、ある映画を見たあと「ちゃんと映画になってた?」って聞かれた瞬間に、答えられなくなっちゃったことがあるんだけど“映画になってる”って、すごい言葉だなと思って、ほんと、ドキッとしたなあ。
松田 ぼくなんか、ちょっと前までは熱っぽくしゃべることで、自分をあおっていったりしたことがあったけど、いまはなんかこう、熱っ」さを言葉で伝えていくっていうのは、もういやですね。もうさんざん飲みながらしゃベり続けた話が、いまだかつてなんにもなされていないというふうに、たった一個の役者さえもやれていないという……ね。非常に恥じましたね、ぼくは。この二年ぐらいはね。
高平 うーん。
松田 だから、鈴木清順さんの『陽炎座』なんていうのは、これはもう、養成所のやり直しみたいなもんで(笑)。やってみたら、踊る稚児ですよ、稚児。オカマですよ、オカマ!
高平 でも稚児の快感っていうのはないの?
松田 それは、あとになってから。
苦痛でしたねえ、仕事中は。鈴木清順さんは、遊泳感覚みたいなものでしゃべるんだけど、よくわかるし、大好きでね。自分がそこへ上れることを想像しながら、夜も眠れなくなるほどうれしくなったりした部分があったんだけど、自分の熱い思いとのギャップがどんどん增えてきて……。結果として、松崎春子(しゅんこ)という亡霊を追いかけていく、あの情況のまんまをやってたな、と(笑)。だから同時性としてはよかったんじゃないかと思って、そういうふうに納得してますけどね。自分では。
高平 そりゃ、そこまで清順さんにはめられたわけ?そうでもない?
松田 いや、そういうことじゃないです。非常に遊ばしてくれましたよ。場所は与えるけど、遊びは勝手だよっていう人だから。そこは自由でしたよ、かなり。それにしてもね、せいぜい砂場遊びで終わってしまった。すぐそこにブランコがあるのに、それにも乗れなかったという、ね(笑)。だからもう、映画なんかなくなってしまえと思ったぐらいでねえ。
高平 それもあったのかもしれないね。テレビをやりたくなったのは。
松田 それに私生活の問題が、うまーいぐあいに重なってねえ(笑)。奈落の底ですよ(笑)。タモリのイグアナみたいに地をはってね(笑)。
高平 そうか。私生活でも役どころみたいになっちゃったのか(笑)。
松田 役者としての自分がわかんなくなってしまって、落ち込んでいくときに、バランスが非常に悪くなってきて、娘の父であったり、11年間暮らしてきた旦那であったりすることができなくなってしまった。それでもしてなきゃいけない。なんか変だっていう、そういう状態になってくる。なんか、しがみつきたい。その真っ暗ななかで手探りで握った人が、女房よりもむしろこっちだったというところが、ぼくのまちがいだったかもしれないけどね。結果として。
高平 そうとうくたびれる?離婚って。
松田 まあ、くたびれますなあ、そういう言い方すればね。たとえば、ぼくと彼女だけで終わる話だったらいくらでもできるけど、ぼくと彼女が高平さんを知っているっていうときに、高平さんのなかでのぼくと彼女も、分けさせなきゃいけないわけでしょ。
高平 うん。
松田 そういう人がたくさんいればいるほど、非常に、こう、痛いというかね。
高平 ぼくなんかね、痛い前に、ただめんどうくさい。むこうが別れたいっていうのは、本心わかるんだけど、おれが止めるんだよね。
松田 マジに!
高平 うん。マジに。うちにあんまり帰らない、外でも遊んでる。金は入れない。カミさんが栄養失調になっちゃったっていうことがあったからね。
松田 困ったね、これは(笑)。
高平 別れ話は年中行事の十何年間なの。で、むこうも言うんだよね。「あんたが別れたくないっての、わかるんだよ。めんどうくさいんだろ」って。めんどうくさいんだよ!ぼくにはもつと楽しいことがいっぱいあるわけ。それはたとえばインタビューだったり、テレビだったり、レコードプロデュースだったり。
松田 もっと楽しくなるんじゃないですか?別れたら。
高平 いやいや、つまりね、そういうゴタゴタを解決して、そういうことが全部なくなったほうがサバサバするっていう、そんな先まで考えられないんだね。ともかくおれ、あした楽しく生きたいって。あとのことを考えて、別れのための作業が一カ月続くとなったら、おれなんか耐えられないねっ!
松田 勝手な人だねえ(笑)。
高平 いまは別につき合ってる人いないけどさ(笑)、ややこしくなる前に、その女の人からも、ただ逃げちゃうね。「もっと気楽にいこうよ」って(笑)。
松田 フフフ。初歩ですよ、それは。
高平 ハハハハハ。
松田 いいじゃないすか。愛し合ってる証拠だね、そりゃ、まだ(笑)。
高平 うーん。やっぱり角度を変えていえば、優作さんは潔いんだろうねえ。おれはきっと、だらしなく両立させちゃうだろうね。
松田 ぼくなんか、だから、また変な浮遊感覚になってしまうときがくるかもしれないけど、当分はまあ、何年間は、むしろ女の人に守られながら(笑)、自分のつたない作業を、役者っていう作業をやっていこう、と。
山崎努さんにしても緒形拳さんにしても、バランス悪いところはあっても、常にその反対側にどっかスケベエな感覚を持っているから、生活部分はそれとしておいてやっていける、それが色気になっているんだろうと思いますけど、ぼくら、どうしてもまだ幼いからねえ。いずれ、だから、スケベエになっていかなきゃいけないんじゃないかというふうに思いますけどね。と思いたいんですけどね。
JUNON○1983年6月号