日本映画を叱る

【1988年6月】

構成◉武田 了

ひとつの映画の終わりは、ひとつの人生の終わりだという。

松田優作は最近、ひとつの人生を終えた。映画『嵐が丘』である。

出演が決まってからクランクインまで半年の準備期間。撮影に半年。ほぼ一年がかりの、長い仕事、というか人生なのであった。いまは社会生活にもどるためにリハビリ中という。

映画が終わったあとっていうのは、満足なんてもんはない。そんなこと感じられるほど冷静じゃないよ。「入っちゃう」わけだから、まったく別の人生に。根が役者だからね、ひとつの人生をやっちゃうようなところがある。おれみたいなやつは、入っちゃったらそのまま行っちゃうから。ハイ撮影が終わった、じゃ、あすからどこ行きゃいいんだ、みたいなね。どうしても残っちゃうんだ。

テレビやなんかで完全にお仕事として、お金として割りきってやってるやつは、そのままとんとん行くんだろうけどな。ひとつの映画が終わると、その人生から締め出されるわけよ。その状態からリハビリしてかなくちゃいけない、普通に生きていくためにね。満足とか後悔とかは、このリハビリが終わんないとわからないよ。

『嵐が丘』は世界的にも何本か映画がつくられてるし、ヒースクリフの役だろ、興味がないわけはない。それを現代にアレンジしてやるのかと思ったら、中世だっていう。能の所作とか言葉とか、勉強させてもらったよ。乗馬とか、鞍も現代のやつじゃなくて、古い、足をかけるところがないやつ。そういうディテールに半年、インして半年。長かったね。そういうサイクルでやれるかどうかっていうおれ自身のチャレンジもあった。結局、そのテンションは持続できたけどね。

できはおれには言えない。作品は監督のものだから。おれはその現場で生きられたかどうか、遊べたかどうかだね。まあ、映画ですよ、映画的な。吉田(喜重)ワールドだね。

吉田監督は、自分が役者として集中できる時間を与えてくれた監督のひとりだね。でも彼みたいな、すべてを知っていて、こっちもすべてを委ねられるような人には、なかなか仕事がまわってこないのがこの国の現状だからね。今回の映画は海外では評価されるし、それが狙いでもあったわけ。吉田さん自身、ヨーロッパではすごい評価されてる人だけど、日本じゃそれで人が集まるわけでもないし、それをいまさら、そういうやつらの意識を変えようなんて思うと、頭痛いんだよな。

やっぱり決定的に、日本映画は日本でしかまかなえないってことじゃないすか。

日本映画は大きな中途半端をやってるじゃない。たとえばSF映画なんて呼べるものがある? どこにもねえだろう。SFがどうしたなんていえる状態じゃないだろ。つくれないんだからさ。それがすべてを物語ってる。市場が世界に向かってないじゃない。香港映画に負けてるし。いくら中国で『敦煌』なんかやっても爆笑だぜ。市場は日本以外にないもの。それをどっかの会社が、社運を賭けてやるっていうのは、金余りの会社が名画かなんか買うのと同じもん感じるね。

映画ができるのは、最大の条件がそろったときだという。監督もいる、金もある、興行も決まった、本もいい。それだけの条件がそろっても、潰れる話は数限りない。

どれだけ条件がそろっても、監督との意見、目的、意識みたいなものが噛み合わないとやっぱりやめちゃうね。現場まで入ってもめたりすんのはいやなんだよ。

自分の言ってることをわかってくれなきゃ、いっしょにやってて楽しくないじゃない。

たとえば男と女がいる。男が話してるときに、女の手が灰皿に触れる。

そこでさ「それカメラに入んないからいいです」なんて監督が言う。それはおれが、やっててドキドキする自分をごまかすため、気持ちでやってもらってるんだからっていっても「いや、いいです」。

じゃ、なんかほかにいいのありますかって聞くと「ただやってください」。じゃ、ただ映ればいいんだな、演じる人間はいなくていいんだなって、いやんなっちゃうんだ。段取りだけで映画ができると勘ちがいしてるやつがいる。そういうやつとおれはやりたくないね。『ア・ホーマンス』で監督やったのは、最初の監督がとんずらこいたからね。それに役者は役者だけやるっていう時代じゃないからな。あれは表現者というか映画人として、映画ってもののさまざまな角度を探っていかないと、これから大変だなってのがあってさ、勉強するチャンスだと思ってやったんだ。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』は、スタッフが俳優で、音楽も書けて、みたいな新しい角度を探った映画だよね。おれは監督じゃない、映画人としてかかわったんだ。

今回は非常にラッキーだったね。こういう映画をつくれる人が映画監督ですよ。すべてを監督にまかせて集中できたよ。こういう監督なら役者は役者のことだけをやれるんだよ。でも製作の途中でとんずらこくやつはいるし、いいかげんな野郎が多いし、責任とるやつが必要だからね。おれもいっしょになって、調子合わせてるわけにはいかないじゃない。まあ、撮影のときは悲観的だね。おれがどう思おうが、OK出すのは監督だからね。このシーン、おれはよくないと思うとか、そういうもめごとを現場に持ち込んじゃいけないんだ。それは入る前にかたづけてこなくちゃいけない。よけいなこと考えたら集中できないじゃん。おれがあいつを嫌いだと思っても、監督は独自の目でピックアップしてるんだから、監督が決めた世界に住まなくちゃいけない。

メインになるやつは、監督がもうひとつ先に行きたいときには、それに応えなくちゃいけないから、一二〇点の演技を考える。でも八〇点しかできないやつらをほったらかしにはできないだろ。あとで映画を見たら「なんだ、あんなことで手抜きやがって」ってことになる。映画は全部が持ち上がんなくちゃいけないから。

だからいっしょに楽しくやろうぜって、やつらがおれにサービスするよりおれがやつらにサービスするほうが、ずっと多いっつうの。

そういうことは多々ある、この映画にしても、ほかのにしても。たとえば『家族ゲーム』では伊丹十三とかさ『それから』では小林薫とか。でも、しようがないな。監督はおれの知らない小林薫を見てる。だとおれは監督を信じるから。だから現場に来るとおれは小林を大事に大事にする。でも、ときどきしゃべってわかんなかったりすると、ああダメだ、もっとわかりやすくしないと、と思って。苦痛じゃないよ、それがチームだから。おれがカッコよくても、あいつがカッコ悪かったら、おれがカッコ悪いのといっしょだろ。

『太陽にほえろ!』のラストシーンは、もの真似のなかでもかなりポピュラーなネタだった。かつて松田優作はテレビのヒーローだったのだ。その彼が、テレビに出なくなって久しい。なぜだろう。

テレビには出ないんじゃないんだ。話がこないんだよ。こないから出ない。出られないんだよ。

『探偵物語』。もう一〇年近くになるけど、あれだってやっとこさ企画とおして、頭下げて、4そんなもんつくられたら困るってさんざん言われて、それでも強引につくったものなんだから。いまになって、あのときあれをさんざんこきおろしたプロデューサーたちがさ、いまになってだよ、ああいうのをもう一回やってくれませんかっていうんだ。そんなもんつくるんじゃねえって言っていたやつらがだよ。そんなの意地として、やれると思う?同じことを。はじめから理解してくれて、いっしょにやってくれたんなら、もう一回やってよって言われたらやりますよ、もちろん。理解されてやってたってことは、まだやり残したことがたくさんあるんだもん。でも否定されてやり続けるってことはさ、やることより、なんでこれがわかんないんだろうってことをアピールしなくちゃいけないから、よけいなエネルギーを使わなくちゃならない。ものをつくる作業になってないんだ、どっか半分は。だけど結果として、一〇年たっておもしろいっていうのはおかしいんじゃないか。それはやつらがプロデューサーの仕事をしてないってことだよ。

好きなやつが好きなことをやるのを許してくれないんだ、悲しいことに。信用してくれないのに、何年かたっておもしろかったって言われても、腹立つよな。状況はあのころと変わってないよ、ぜんぜん。

雑誌とか、マスコミだって、出ないわけじゃないんだ。おれだって話したいこと、これから映画を見るこどもたちにも、たくさん伝えたいことがあるんだま。

でもいつもおれがカリスマだとかなんとか、わけのわかんない話になる。勝手にしろよ、だ。カリスマだからって儲かるわけじゃねえし。風邪もひかなきゃうんこもしない、そんなカリスマになりたいね。

でもテレビやって映画やって、っていうのはおれにはできないね。『ニュー・ジャングル』でボスの役をやれって言われたらできるよ。そういう歳だもん。楽したいし。でも、できない、苦痛だから。鹿賀丈史なんか『レ・ミゼラブル』を一方でやって、なんで『ニュー・ジャングル』がやれるんだっておれなんか思う。もう天才、立派な芸能人ですよ。おれはバカだからさ、ひとつのことしかやれない。ジャン・バルジャン、おれだってやりたいよ。でもそんなとき『ニュー・ジャングル』がなんでやれるんだっつうの。バカにしてるんじゃないんだぜ。生き方がちがうんだろうな。あんなことやらされたら、おれは頭が狂ってたね。精神病院行きだよ、ただでさえ危ねえのに。

前作『ア・ホーマンス』から『嵐が丘』まで約二年。あれ以来、仕事がなくて困っていた。

そこに『嵐が丘』の話がきて助かった、と松田優作は言った。

いや、マジ、マジだよ。だっておかしいと思うのはさ『家族ゲーム』だろ。その年のナンバーワン映画だろ。東京でもニューヨークでも大変だった。それで次は『それから』で、おれと森田芳光監督で、またその年のナンバーワン映画をつくったんだ。

いいか。なのに、このふたりに仕事がこない。ナンバーワンの映画をつくったんだよ。わかる?

ナンバーワン映画をつくった映画監督と映画俳優に、なんで会社が金出して、映画つくってくれってこねえんだよ、一本も。

だって森田芳光とおれがつくるんだから楽しいに決まってるじゃない。そういうお金も企画も出すやつがいないってのは、いったいなんなんだろうね。日本で二回ナンバーワンになったんだぜ。それを主演して監督したスタッフだぜ。

そんなことあっていいの? むこうだったらドル箱みたいな存在でさ、撮ってくれってくるはずでしょ。なんでこねえんだ、この国は。

自由にいいかげんにやってマイナー映画つくってるわけじゃないんだ。メジャーで一番になったんだぜ。悲しいよ。

『家族ゲーム』一本だったらさ、妙な映画だし、ある意味ではマイナーかもしれないけど『それから』は夏目漱石っていう、ほんと大変な題材でなおかつナンバーワンになったんだ。なにもむずかしいことをやってるわけじゃないし、インテリジェンスなんか出しちゃいねえよ。映画が好きで好きでしようがなくてつくったんだ。やりたいことはたくさんあった。けど、わがままにつくったわけじゃないだろ。若い人たちの感性にアピールする映画をちゃんとつくったろう……。

日本一の映画をつくっても仕事がこないわけだから。ヒットする映画をつくろうっていうやつがいないんだ、ひとりも。

森田と、こんどバキバキのギャング映画やろうぜ、大ポルノやろうぜ!いいね!ていう話をして、いろんなプロデューサーにも話してた。そのうち『それから』で日本一になったんだけどね。

アピールしてたんだよ、少しずつ。それでも、こねえんだ。おれも答える言葉がないね、まったく。

この世界に入って、いちばん最初に、東宝に企画を持ち込んだんだよな。それが社内報に載ったりしてね。あれから二〇年もやってきた。「なんでカリスマやってんですか、なんで引っ込んでるんですか」。おれは引っ込んじゃいない。いつも言い続けてるんだけどなあ。こういうおもしろいのがあるんだけどさ、やらしてくんねえかなあ、てさ。結果としてこうなったんだからしようがないけどね。

映画のことは一年中考えてるよ。次はこういうのがウケるんじゃないか、とか。監督もホン屋さんもみんな飲み仲間だから、好きな人には夜中でも会いにいく。だれかがおもしろいこというと「それは買いだな」。だれかが「金出そうか」なんていうと「それほんとだな」。一年中映画してるよ。まあ、マスコミに露出しないのが問題なんだろうけど。

おれは初めから人を信じて、信じて、仕事してきたよ。前向きになるには、おもしろいことにジェラシーしかない。おれに見えてなかったところが監督に見えている。ああ、すごいなあ、あとは監督にまかせるしかないなって。ここまで仕事やってきて、残ったのはそういうジェラシーだけだね。

スコラ○1988年6月23日号

《松田優作、語る》

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